1-09 君は何を思う?
翌週のこと。
俺は学園の実践授業というカリキュラムで、同級生であり学年委員の初風愛唯と
バッタリと出くわした。
「あら、最上くんじゃない」
グラウンドで体操着を纏う生徒たちを縫うようにして彼女は俺の前へと
やって来てはいつものようにニッコリと笑顔を浮かべる。
「奇遇だな、初風」
「ほんと奇遇ね」
仁とは違い、彼女は俺のかとっているカリキュラムとは違い、会うのは先週以来
久しぶりである。
「それよりも今日の授業内容聞いた?」
「確か、魔術測定だっけ」
「ええ。だからもし最上くんさえよければ、私とペアを組まない?」
「いいけど――――こういうのって異性と組んでいいものなの?」
「お互いの合意があれば問題ないみたいよ」
魔術測定――――それは魔術師生徒、個々人の魔術能力を数値化し正確に
把握する為のもので、生徒会の指導の下により強制的に行われる、謂わば
学期初めの身体測定のようなものである。
「最上くんの魔術って強化系であってるよね?」
「うん。初風さんは?」
「私の魔術は『振動』。止まっているものを振るわせたりできるわ」
「威力は?」
「ガラスのコップくらいなら割れるかしら」
「なるほど」
物質干渉系に分類される魔術ってところか。
威力は低いが色々と応用が利きそうな能力ではあるな。
本鈴がなり、担当教師から各生徒に対し封筒が配られる。
中には生徒それぞれの魔術に応じて割り当てられた項目がいくつも並んでおり、
その横には計測数値を記入する欄が設けられていた。
俺の場合、魔術は強化系に分類される『身体能力の向上』――――それ故に
項目はどれもシンプルなものであり、魔力計測以外に特筆するべき点はない。
「初風のはどんな感じなんだ?」
「私のは振動数の検査と持続力の項目が思って感じね」
ペアとして互いの記入をし合う規則に乗っ取り、
初風の持つ封筒と自分のを交換する。
「どっちから先に済ませる?」
「それなら最上くんのを先にした方がいいかもね。
身体強化の測定って割と混むから」
「分かった」
そうして俺たちは各エリアに点在する計測値店の中で最初に、
強化系の測定エリアへと向かう。
「――――それにしても意外だわ」
移動中、ふと初風が言葉を漏らす。
「何が?」
「最上くんってもっと小難しい魔術だと思っていたから」
「シンプルでがっかりした?」
「いえ決して悪い意味で言ってるんじゃないの。これ、私の持論なんだけど
魔術ってその人の内面を表す鏡みたいなものなんじゃないかって思うの」
「内面を現す鏡――――面白い考え方だね」
科学的には何の根拠もないけどね、と初風。
「それじゃあ、初風的に僕は気難しい性格に思えたってことなのかな」
「むしろ逆。明るく気さくで頭の回転が速い人だと思ったわ」
「それはまた、随分と俺を高く買ってくれているんだな」
「栢原もそうだけど、長いこと学年委員をやってるとそういうの
判るようになってくるのよ」
「そういうものなのかな」
栢原仁といい、この初風愛唯といい流石、生徒会より学年委員を
任されていることだけはある。
「(当たらずとも遠からず…………といった感じか)」
「そうなると初風の振動ってどうなんだ?」
「それは…………」
初風はこちらの質問に初めて言い淀む。
その様子を見て俺は咄嗟に「しまった」と思った。
「悪い初風、今のは無神経な質問だった。忘れてくれ」
「あ、いえ、そんな、謝らないで。私から話を振ったんだし最上くんは悪くないよ」
「いやそれでも今の自分の発言はデリカシーを欠いていたと思う。すまない」
再び謝罪の言葉を口にする。
学年委員ということもあってか、何かと気に掛けてくれる彼女は
俺にとっても他の生徒よりは話やすい相手ではある。
が、そうはいってもまだ会うのはこれで二度目。
内面性のそれも女性に対して踏み入れ過ぎるべきではなかったと心から反省する。
「やっぱり最上くんって不思議な人ね。
この学園に来て初めて見かけるタイプの人かも」
「それをいうなら初風さんも俺にとっては初めて見る人種だ」
「そう?」
「あぁ、普通、転校生だからってここまでしてくれる奴はそうはいないだろ」
「でもそれは栢原も同じじゃない?」
「あいつは……そうだな。不思議な奴だが、でもそれは初風とは別の理由だよ」
「――――?」
「つまりいい奴ってことさ」
「ふふっ、なにそれ」
そういうと初風はまた笑顔を浮かべる。
その表情を見て思う。
「(さっきの反応を見るに初風もきっと悩みの一つや二つはあるのだろう。
それは思春期真っ盛りである学生にとっては当たり前のことなんだろう
が…………)」
仮に彼女の持論が正しいとするならば。
振動――――その言葉から連想される心象はとても穏やかなものとは思えない。
「さて、それじゃさっさと計測を終わらせてしまいましょうか」
「ああ、そうだな」
ともあれ彼女の悩みを俺がどうにかできるはずもなく。
俺はその疑問をそっと心の内へと沈めた。
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