第三十六話 本物
「どうもどうも、待ちくたびれてそのまま灰になってしまうかと思いましたよ~」
雪穂たちが倉庫の方に向かうと、そこには一人の少女がいた。
歳は中学生くらいにも、高校生くらいにも見えるやや幼い雰囲気で、雑踏の中にいてしまえばすぐにまぎれてしまいそうなほどに平凡な印象だ。
だが、その平凡さを覆い隠してしまうほどに、悪魔特有の嫌な気配が濃く漂ってきていて、雪穂はそれに頭が痛くなりそうなほどだった。
「…双葉ちゃんはどこ?」
「そんなに急がなくてもいいですのに~。ちゃんとすやすや眠っていますよ」
「そういう冗談はいい」
「冗談じゃないですよ~?さあ、こちらに来てください」
少女に案内されるまま、2人は倉庫の奥へと進んでいく。
「ほら、言う通りでしょう?」
双葉はすっかり眠っていた。先刻まで、あれだけ暴れていたとは思えないほど、安心した顔をしている。
「…それで、目的は何?お金ならないけど?」
「身代金なんてそんな小さいことするように見えます~?」
「誘拐の目的といえばいの一番に思いつくことなんですけど?」
「さっきから喧嘩腰ですね~?私、あなたと争う気はないんですけど?」
「…雪穂ちゃん。今はいったん落ち着こう」
一触即発の空気を感じ取ったのか、一華が雪穂を制止する。
「はぁ、血の気の多いそちらの方と違って、あなたの方は冷静ですね。四ノ宮一華さん」
「へぇ、アタシの名前知ってるんだ?そりゃ嬉しいな」
「こちらこそどうも。まあ、あなたたち悪魔祓いのことは充分に認知していますので」
「…そーだ。一つだけ質問いいかな。君何者?」
「そうですねぇ……あえて言うなら悪魔憑きではない『本物の悪魔』といったところでしょうか」
本物の悪魔。その言葉に、雪穂も一華も背筋が凍るような恐怖を覚えた。
何せ、自分たちが遭遇したのは「悪魔憑き」であって「悪魔」ではないのだから。
「…御堂って男みたいなもん?」
「あれと一緒にされてしまうのは流石に嫌ですねぇ。あなたもお猿さんと一緒にされたら嫌でしょう?」
少女の表情は穏やかだったが、その声色には確かに苛立ちのようなものが感じられた。
「…アタシ、その御堂ってやつのこと知らないんだけど、この間戦ったやつだっけ?」
「うん。恐ろしく強かった。正直、死ぬかと思った」
「目的は一つ。八坂雪穂さん、あなたですよ」
「へ!?あたし?」
心当たりがなく、思わず間の抜けた声が出てしまう。そんな雪穂に、悪魔と名乗る少女は言葉を続ける。
「あなたはまだ自分の正体に気づいてはいない。いずれ、あなたが本当のあなたになる時が来ると思いますよ」
「…言ってる意味が全くわかんないな」
「いずれわかります。その時まであなたがただの人間として生きていられるわずかな時間を、どうかお楽しみくださいね」
「…雪穂ちゃん。これ、動揺させるためにデタラメ言ってるかもしれないから、あんま気にしちゃダメだよ」
「デタラメとはひどいことを言いますね~?」
「悪魔ってことは敵だし。敵の言うことを鵜呑みにするほど、アタシって経験ないわけじゃないんだよね」
「おーおー、怖いですねぇ。そんなに睨まないでくださいよぅ」
なおも挑発的な少女の態度に、雪穂は苛立ちを募らせる。
「なん……っかムカつく……!余裕ぶって上から見てる感じが……!」
「あはは…。わかんないでもないけどね。実際アタシも結構ムカついてるから。双葉ちゃんを怖い目に遭わせたこと、雪穂ちゃんが怪我する原因作ったこと。全部あなただと思うんだけど、どうなの?」
「…もう少し単刀直入にお願いしますね」
「双葉ちゃんに悪魔憑かせたの、アンタでしょ?悪魔にそういう力があるのかはわからないけどね、明らかに憑いてたから」
「…………」
一華の質問に、少女は黙り始める。
「あれだけ上から煽ってたくせに、都合悪くなったらだんまり?やっぱあんたみたいなの大っ嫌いだわ」
遂に怒りを露わにした雪穂に対して、少女の反応は予想外のものだった。
「…………ふふっ」
「何!?」
「ふふっ、あはは。悪魔憑かせた?何言ってるんですか、『そこの女の子に悪魔なんて憑いていませんよ』。あれは彼女が全部自分で選んでやったことです」
「はぁ!?そんなワケ……」
「そうだと思うなら確認してみてください」
一華がゆっくりと、双葉の方に近づいて行く。
「ねぇ、それも一華さんが言うような『動揺させるためのデタラメ』じゃないの?」
「だから今からそれを確かめに行くんじゃない」
眠っている双葉の身体に、何度か触れてみて確かめる。
「…………っ」
「一華さん!?」
「…ねえ、これでわかったでしょう?いやぁ、本当にひどい人ですよあなたは。初対面相手に他人を嘘つき呼ばわりですか?私は嘘なんてついていませんよ?」
「残念だから本当だよ。双葉ちゃんに悪魔なんて憑いていない。本当にストレスで暴走しただけかもしれない。…アタシにはそういうこと全然わかんないけどね」
「…そんな」
「では私はこれで。あまり時間をかけると私も怒られますからねぇ。あなたたちも早く帰った方がいいんじゃないですか?もう外は真っ暗ですよ?」
「悪魔に心配されるほど落ちぶれちゃいないっての」
「あら、私は善意でアドバイスをしただけなんですけどね。人の善意を素直に受け取らない人は尊敬されませんよ?」
それだけ言い残すと、少女はそのままどこかへと消えていってしまった。
「……あれ。お姉ちゃんたち、どうしたの?」
「…ごめん双葉ちゃん。双葉ちゃんのことわかってあげられなくて」
「…どうしたの?」
「……ごめん、何でもない」
あの双葉の暴走は、本当に悪魔の影響だったのだろうか。
知らず知らずのうちに、悪魔というものに勝手に責任を押し付けていただけではないのだろうか。
「雪穂ちゃん一人だけが負うことないよ。アタシの責任でもあるから。だから、…いったん。帰ろうか」
「…うん」
「家の近くまで送ってあげよっか?」
「…そうして」
事態は、何も解決していない。
あの悪魔と名乗る少女は何なのだろう。モヤモヤとした感情を抱えながら、雪穂は帰路へと向かう。
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