プロローグ 4 儀式
伊織に連れられ、教会のような場所を歩いていく雪穂。
一歩一歩道を歩き、足音が静かな建物の中へと響くほどに、彼女自身の緊張が更に増していくような気がした。
「……あの、ほんと私この後何されるんですか?」
「人聞き悪いこと言うんじゃねーよ」
「いや、これは不安になるって!!」
雪穂は両腕をロープのようなもので拘束されており、既に自由に動けるような状態ではなかったのだ。
「たまに儀式の寸前で逃げ出すやつがいるからな。こうして拘束するようにしてる。我慢しろ」
「我慢しろって言われてもこれは不安になりますって……」
「逃げ出さないって約束してくれるなら外してや」「はい約束します!絶対逃げないんで外してください!!!」
あまりにも食い気味な返事に、伊織は少し呆れ顔になりながらも、雪穂の両腕を拘束していたロープを外した。
「…伊織」
「何だよ」
「お前の拘束、きつすぎてまた痕がついているぞ」
「慣れねーんだよそれに緩くしたら緩くしたで逃げられるしよ!」
「うわっ、ほんとだ。痕ついてる」
などと興味なさげに呟く雪穂だったが、実際痕がついているかどうかは彼女にとってどうでもよく、とりあえず腕を動かせるという喜びに浸りながら、ブンブンと腕を振り続けていた。
「そこで腕振るのやめろ、当たるから」
「それでさ、さっき儀式とか言ってたけど具体的に何するの?」
「…その流れでそれを聞くのか。存外君は肝が据わってるな」
「……ん、まあメンタルは強い方?」
尊からの意外なリアクションに、困惑しながらも雪穂は答える。
「多分そうじゃない。こいつ微妙に空気が読めない」
「伊織、これから儀式をするのに集中を乱さない方がいいんじゃないか?」
「お前もそのタイミングでそんなこと言う!?あーもうどっちでもいいわ。とりあえず、儀式って言ってもお前の中に残ってる悪魔の影響を取り除くだけ。ちなみにこれを俺たちの間じゃ『毒抜き』って呼んでる」
「ちなみに俺たち、と言っているが、言っているのは伊織だけだぞ」
「いらん補足つけんな」
「……あー、なるほど。確かにまだ傷痕痛むし、これ終わったら私も治る?」
雪穂はまたも傷痕が気になって、頬を何度か弄っていた。
触ると確かに微かに痛みが残り、出血こそしていないもののまだカサブタにもなっていないようだった。
「あんま触んない方がいいぞ。触りすぎるとたまに傷口広がるから」
「いや、ごめんごめん。なんか気になっちゃって」
「気になる気持ちはわかるけどな。ほら、ついたぞ」
ついた場所は、礼拝堂よりはかなり広い空間。大広間とも呼ぶべきスペースだった。
「わぁ……すっごい広さ」
「道具がここに置いてあるものでな。少し痛いが、我慢してくれ。とりあえず、ここの椅子に座ってもらえればいい」
尊に促され、雪穂はそのまま大きなソファのような椅子に座った。木で出来ている椅子は少々硬く、座り心地はあまり良くなかった。
だが、次の瞬間そんなことすら、雪穂にとってはどうでもよくなるほどのことが起きる。
「よし、行くぞ」
伊織が短剣のようなものを取り出し、雪穂の傷口の方へと突き刺す。
「…あああああああああああああああっ……!!」
すると、雪穂の全身をものすごい痛みが襲う。先刻、悪魔とやらに襲われた時以上の痛みだ。
しかもどういうわけか、失神するほどの激しい痛みなのにも関わらず、意識を飛ばすことすらなく、鋭く激しい痛みが延々と続いている。
「尊!抑えつけとけ!これマジでやべえかもしれねぇ!!」
「…わかった」
「……っ、……っ、あぁ……っ……アァ……ッッ……!!!」
やがて、痛みは声すら出せない程にまで増していく。何とかこの痛みから逃れようともがくも、尊が押さえつけているせいでそれすら叶わない。
永遠に続くと思われるほどの、長い痛みと苦しみに、雪穂はひたすら悶えることしか出来なかった。
思考を紡ぐことすらも出来ないまま、10分。いや20分か?あまりの苦痛で時間を測ることすらも出来ていない。
10分なのか1時間なのかもわからないような曖昧な時間が、ようやく終わる。
「ぜぇっ、ひゅ……何、何だったの、今の……」
痛みから解放された雪穂は、まるで話が違うじゃないかと言いたげに、伊織の方を睨みつける。
「悪い。ここまで厄介なもんが憑いてたってのは俺も予想外だ。だから俺に言われてもわかんねえもんはわかんねえ」
「……そんなに、ヤバイもん、憑いてたの……」
「俺はあの悪魔とは直接対面してねえからな。だから俺にはわかんねえ。尊、お前まさか昨日結構ヤバいの相手してたりとかはしてねえよな?」
「言われてみれば、昨日の悪魔はかなり強い相手だった。だとするなら、この八坂雪穂に憑いたのも、かなり強力な悪魔だったかもしれないな」
「そういうことはもうちょっと早く言えや!!!」
伊織は尊の脛を軽く蹴る。蹴られた尊は、少しだけ眉のあたりを歪めた。
「……ハァ、これほんと俺たちじゃどうにもなんねーぞ。最悪お前からその悪魔を無理やり引っぺがすことになるかもしれねえが…それこそもうちょっと腕の立つ奴呼んでくるしか……」
「あの、私これからどうなんの?」
「それは俺にもわかんねー。だが……お前が無事でいられる保証は正直ねぇ。あと、しばらく家には帰れねえかもな」
雪穂はスマートフォンを取り出し、中身を久々に確認してみる。中身には、母親からの連絡が鬼のように大量に入っていた。
「…これ、お母さんにはなんて言えばいいかな?」
「さあな。でも連絡はお前でやれよ。流石にそこまでの責任は取れねえわ」
「僕もそこに関してはアドバイス出来ない」
とはいえ半分面倒になっていた雪穂は、何とか無事でやってる、今日中には帰る、というだけのことをメッセージアプリで報告した。
「いいのか?もうちょっとちゃんと言わなくて」
「いいんだよ。別に心配性なのはそうだけど、何だかんだ帰ってくるって向こうは思ってるし。それに私が1日いなくなったくらいで、騒ぎすぎなんだっての」
「そうかぁ?本気で心配だからこんな鬼電しかけてきたんだろうが、家族くらい大切にしろよ」
「…伊織はさ、やっぱそういうの気になっちゃうわけ?」
「馴れ馴れしい呼び方するな。まーそうだな……お前みたいな家はないってだけ言っとく。俺、ここで住み込みだからよ」
「へぇ。…まあ、これ以上は聞かないどく」
「それでいい。わざわざ他人の事情なんて、踏み込んで聞くやつはバカだ。そんなのは単なる自己満足にすぎない。そういうことやるやつはいつもそうだ」
やがてやることも話すこともなくなったので、雪穂は何も考えずにスマートフォンでゲームアプリを開き始めた。
何となく流行っているからという理由で、風子から勧められていたパズルゲームである。
「…暇そうだな」
「うん、実際暇。でもこういうのあると時間潰せるから、意外と楽。というか伊織も暇そうな顔してるじゃん」
「そういうの飽きねえの?いやうん、まあ俺も特に今日はすることねえし」
「全然。友達はとっとと飽きちゃったみたいだけど」
最初はほとんど興味がなかったが、いつの間にか雪穂の方がハマってしまい、逆に当の風子は飽きてしまった。
「ふーん……」
退屈な時間が過ぎていく。雪穂の伊織や尊への警戒心も、あんなことがあったというのにいつの間にかどこへやら、気づけば部屋の床の上で寝そうになるくらいには、心が緩み切っていた。
やがて完全に意識を落として眠りに落ちそうになっていた雪穂の意識を、ドアが開く音が呼び戻した。
「……ありゃ、誰?」
「おいおい。今日は来ないって話じゃなかったのかぁ?」
いつの間にか、雪穂の目の前に一人の青年が経っていた。
整った顔立ちだが、漆黒の髪とほとんど光すら映さないような真っ黒な瞳は、どこか雪穂の心を不安にさせた。
「初めまして、八坂雪穂さん」
「私たちのお仲間になりませんか?」
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