その底辺冒険者は国家公務員になって年金生活を夢見る
響恭也
世界が変わった日
1999年6月。何百年も前の預言者の言葉通り、世界は滅亡した。
その日、太平洋のど真ん中に巨大な隕石が落下した。不思議なことに世界中の観測衛星はその隕石を発見できず、それこそいきなり大気圏に現れたとすら言われている。
そして、太平洋沿岸を巨大な津波が……襲わなかった。代わりに地球は一回り以上大きくなり、これまでの世界の外延部と太平洋のど真ん中に未踏の大地が現れた。
その映像を最後に、気象衛星やレーダー衛星と言った者との通信は途絶したのである。
世界中は大混乱に陥った。
「目覚めよ」
唐突に脳裏に響いた声は人類に新たな力を目覚めさせた。と同時に、これまで空想の産物とされていた怪物たちが世界各地で活動を始める。
いわゆるゴブリンやスライムと言った、RPGでおなじみの面々から、天を翔ける巨大なドラゴンたち。
そんな怪物に現代兵器で迎え撃った各国の軍は多大な犠牲を払いながらもなんとか人類の生存権を確保していたが、徐々にその領域を狭めていた。
軍ではもう対抗し切れない。そう悟った人々は異能に目覚めた者を先頭に、怪物たちへの反抗を開始した。その異能はただのナイフでドラゴンを斬り裂き、指先から放った光弾はゴブリンの群れをなぎ倒した。
力を得た彼らは自らの能力だけを頼りに、未踏の大地へと足を踏み入れていく。
そんな彼らは自然と「冒険者」と呼ばれるようになって言った。
世界が大きく変わった日から25年。西暦2024年から物語は動き出す。
疲れ切った身体を引きずり、ギルドの入っている無駄に立派なビルの階段を上る。ご丁寧に俺のようなソロ冒険者にはエレベータは使用禁止との不文律があった。
誰が言いだしたか知らないが、クソッタレなルールに従い目の前の段差に足を掛ける。そうして13階のフロアにたどり着き、ドアを開けた。
「いらっしゃいま……チッ」
途中まで愛想笑いを浮かべた受付嬢は入ってきたのが底辺冒険者と気づくとくるっと表情を変えて舌打ちを漏らす。
実に職務に忠実な連中である。
「はい、これが今回の報酬です。オツカレサマデシタ」
明らかな棒読みと共に渡された給料袋の薄さに思わず叫んだ。
「だあああああ、くっそ!」
今回の仕事は下請けのさらに下請けのさらに飛び入りだったから仕方ない部分はある。
それでも冒険者に渡るべき最低報酬の半額にも満たない額面に思わず悪態が口を突いて出ることは仕方ないだろう。
「なにー? また中抜きされたの?」
「ああ、見ろよこれ。バイトの学生かって金額だよ」
いつもの安いチェーン店の居酒屋で顔見知りの冒険者とぼやきを入れる。それが仕事を終えた後の俺のルーチンだった。
彼女、カナタはけらけらと笑いつつジョッキのビールを煽る。
「君もめげないねえ。いい年だしそろそろ現実を見てもいいんじゃない?」
「ふん、俺はいずれダンジョンでお宝を見つけて成り上るんだ。その時は馴染みのよしみでお前さんも出世させてやんよ」
「おお、太っ腹だねえ」
そう言いつつカナタは俺の腹をぺしぺしと叩く。さすがにまだたるんではいないと信じたい。
「ええい、やめんか」
「ふふーん。シロー君の輝かしい未来にカンパーイ!」
こうやって底辺冒険者である俺たちの夜は更けていくのだった。
世界が変わった日から数十年。俺が物心ついたころにはすでに世界に怪物どもが溢れ、廃墟ビルはダンジョンだった。
人類の中から一定の割合で、スキルと呼ばれる異能に目覚める者が出始めた。彼らは素手で岩を砕き、マナを操って様々な異能を発揮した。
そうなると、国家権力は彼らを抱き込み始める。ランクAと認められれば国お抱えの冒険者にスカウトされる。
そんな彼らを俺たちは「国家公務員」と呼んでいた。
国としての在り方や生活は変わったが、国にはお役人はつきものだ。お役人の冒険者は国に雇われ、特権を得る代わりに命がけのダンジョンやモンスターの大軍に立ち向かう義務を負っていた。
民間の冒険者に仕事をあっせんする組織は世界をまたいで国とは別の権力構造として存在した。いわゆる冒険者ギルドだ。
そんなギルドと直接取引できるのは冒険者の集団であるクランで、クラン認定には50人の冒険者の登録が必要とされる。しかしながらそんな人数が簡単に集まるわけがない。
それより小規模なチームは最低2名から成り、クランやチームに所属しない冒険者はソロと呼ばれている。
ソロ同士で即席チームを組んで、怪物討伐やダンジョン探索に向かう。時にはモンスターが群れを成して襲ってくるので、それらの迎撃なども仕事だ。
そして、俺こと、アカツキ・シローは日本国所属のソロ冒険者だった。
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