第35話 開発者さん、リノ
アンドロイドかもしれない案内の女性に手を引っ張られ、成生たちはどこかの建物内を進む。車に乗っている時から視界は遮られ、どこに着いたかも、どこを歩いているかも分からない。建物の中だというのは、なんとなく空気感や足音の響き方で分かるのだが……。
しばらく歩いたあと、
「みなさま。着きました」
案内の女性の声が空間に響いた。車が到着したところとは別の広い空間にいるようだ。
「アイマスクを外して下さい」
言われるままに、アイマスクを外す。
「うっ……」
久しぶりに目へと飛び込んできた光がまぶしかった。
徐々に慣れてくると、照明に照らされてキラキラ光る水面が見えてきた。
内装は白を基調としていて、目の前には25mプール。プールはコースロープで仕切られていて、分かれて使うのには丁度よさそうだ。
空調がいい感じに効いていて、とても快適。泳ぐのには最適だ。
「わっ! きれい!」
「研究施設とは思えなぁい」
「素敵ね。お金取ってもいいぐらい」
海陽たち三人にも好評なようだ。
「更衣室は後ろに。器具庫は更衣室の右側に有ります。ビート板等の道具が必要であれば、必要に応じて出して下さい。あとで監督の者が来ます。私はこれで」
ここまで案内してきてくれた女性は、頭を深々と下げるとプールを出て行った。結局、あの人はアンドロイドだったのだろうか。今となっては、もうどうでもいいか。
そして残された六人は、顔を見合わせる。
「プールでまずやることと言えば……」
着替えだ!
水着に着替えた成生がプールサイドに出てきた。
「さすがに、みんなまだだよな?」
と独り言を呟きながら歩いていると、先ほど女性が出て行ったプール出入口前に、人影が見えた。
ベージュのニットと黒いタイトなミニスカート。そして白衣を羽織っている女性。さっきまでいた案内の女性とは明らかに違う人。とてつもない美人だが、この人が監督の者なのだろうか。
彼女はどこか眠そうな目で、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、成生の顔をジッと見ていた。
「あの……なんでしょうか」
「キミが元口成生くんかね?」
「はい。監督の人ですか?」
「ン……そうでもあるが、私はリリアや照日の開発者でな。キミに一度は会いたかったんだ」
「開発者さん!?」
リリアを作った人って、女性だったのか。上半身のボリュームの凄さから、男性が自分の性癖の赴くままに造ったんだと、勝手に思ってました! ごめんなさい!
「どうかね? 私のリリアは。イイコだろう? 自慢の娘だ。照日は……まぁ、なぜか彼氏が毎回不幸なことになるのだがな……」
「それって、やっぱり捕まってるのですか?」
「まぁ、それ以外にも、な……」
開発者は目線を逸らして黙ってしまった。
照日の元彼たちがどうなったのか知りたいが、それが自分の未来になる可能性がゼロではないので、知りたくもないという気持ちも有る。
「にしても、データ解析しているが、リリアとは全くと言っていいほど発展が無いな」
「すみません。どうすればいいか分からなくて……。初デートはどうするか照日ちゃんとこっそり話し合ってますが」
「ン……だったら私とデートの練習するか? 制限は無いぞ? やりたいことをやればいい。なんでもな」
「え!?」
ああ、間違いない。この人は照日の生みの親だ。性格はそっくりじゃあないか。
「冗談だ。研究が忙しくて、そんな時間は無いな。今日は少し時間が出来たし、こうしてリリアの彼氏と直接話をしたかったから来たのだが……そろそろみんなが出てくると思うから、リリアたちの話は出来なくなるな」
開発者さんがそう言った。
訊きたいことはたくさん有るが、一番訊いておきたいことが有る。
「あの……開発者さんの名前はなんですか? みんなの前で『開発者さん』とは呼べないので」
「別に『監督さん』でもいいが……。まぁ、キミには言っておいてもいいだろう。私の名前はリノだ」
「リノさんか……」
更衣室の方から物音が聞こえてきた。みんなが出てくるようだ。
「今日は水泳の学習、頼むぞ」
「はい。リノさん」
「なりお兄ぃちゃぁーん!!」
プールサイドをピタピタと音を立てながら早足で成生のところまで来たのは、照日だった。
照日の水着は少し違うのを見たことが有る。
紺色のワンピースで、胸の辺りに着けられた白い布に『照日』と書いてある。
そう。リリアが最初の10連ガチャで出したスクール水着の名前違いだ。
「スクール水着!?」
「うん。本当はなりお兄ちゃんのためにマイクロビキニ用意してたんだけどー、みんなに止められちゃった」
まぁ、止めるだろうな、普通。こんなちっちゃな子が布面積極小の水着とか。
「もしかして、
「し、しないよ」
してしまったら、照日の元彼たちと同じ結末をたどることになるだろう。それだけは避けたい。
でも、照日にこのスク水はよく似合ってると思う。それゆえ、背徳感が増す。
「よかったー。るーでムラムラしてたら、他のお姉ちゃんたちでカラダ持たなくなっちゃうよ? あっ、リノお姉ちゃんヤッホー!」
照日はリノさんの姿を見付けて、笑顔で手を振る。
照日がリノさんを知っているってことは、開発者なのは本当なんだろう。疑っていた訳じゃあないが。
「元気そうだな。どうだ? 今の生活は」
「うん。なりお兄ちゃんって、すっごくやさしいんだよ? すっごくやらしい時もあるんだけど」
「それでリリアと発展が無いのか……」
「そうなんだよねー。なりお兄ちゃん、鬼ヨワだから」
酷い言われようだ。事実だし、否定は出来ないが。
「照日ちゃん。他の人たちは?」
「もう来るよ。るーは、なりお兄ちゃんに見せたくて早く出てきたから」
更衣室の方から物音がした。誰か出てくる。
「もーっ、早いよ照日ちゃん」
海陽だった。
元気な海陽にピッタリな黄色いビキニ姿で、明るい彼女が余計明るく見える。
すごくフラットな照日のボディを見ていたせいか、背が小さいながらもメリハリのある海陽の水着姿は、ちょっと衝撃が大きかった。
「あーっ、なりお兄ちゃんが、みはお姉ちゃんの水着ガン見してるー」
いや、言うなよ、照日。
言われた瞬間、海陽が恥ずかしそうにし始めた。
だが、海陽を見ていたことは事実。ここは誤魔化さず、何か言っておいた方がいいだろう。
「その……水着が海陽さんに似合っててかわいかったから、つい」
そう言うと、海陽の頬が朱に染まってしまった。ほめたつもりだったが、余計恥ずかしくなったらしい。
「頑張ってよかった……」
海陽は成生に聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。顔どころか、全身が熱い。今すぐプールに飛び込みたい気分になっている。
「あれれぇ? なんだか暑いねぇ」
「アツい二人のせいじゃない?」
更衣室から出てきた門出さんと十勝さんが冷やかしてくる。
お陰で成生までなんだか恥ずかしい気分になってきた。
門出さんは水色のビキニ。シンプルなデザインなのに、胸の部分は一番目立っていて大きな曲線を描いている。本人は主張するつもりはないんだろうけど。
そして、十勝さんはかわいい部分を隠すような赤いフリルビキニ。色的には一番目立つ。
水着っていいな……。
って、リリアが来ない。
「リリアは?」
「お待たせしました」
更衣室の方からリリアの声がした。
出てきたリリアは、センターが赤色で、向かって右側が緑色、左側が白色の競泳水着だった。リリアのわがままボディでパッツパツになっている。
「なんていうか……凄いな……」
そんな感想しか出なかった。もっと布面積の小さい下着姿を何回か見ているはずなのに、リリアの水着姿は刺激が強すぎる。
「ビキニもあったんだけど、リリアが着るとマイクロビキニになっちゃいそうだったから、こっちにさせたんだけど」
「いや、それはさすがに……」
無いとも言い切れないので、海陽の言葉を否定出来ない。
「ま、リリアが本当のマイクロビキニ着たら、ハミ出ちゃうからね」
「なにが?」
「わたしの口からはちょっとぉ……」
海陽は黙ってしまった。
姉ちゃんの言ってた凄い部分ってそこ?
ますます疑問が深まっただけだった。
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