放課後の涼香の部屋にて

 ある日の帰宅後。


 自室に戻り、忘れていたスマホを手に取った涼香りょうかは、メッセージが来ているのに気づいた。


 送り主は涼音すずねで『用事がおわったんで家に行っていいですか?』というシンプルなメッセージだった。


 涼香は即『待ってるわ、気をつけてね』と返信、するとスタンプが返ってきた。


 満足気に息を吐いた涼香はベッドの上にダイブ、そしてふと思う。『用事がおわった』の『おわった』はどういう『おわった』なのだろうか、と。


 今日の用事が『おわった』のか、用事自体が『おわった』なのか。前者なら、まだいつも通り一緒に帰ることができない、それに対して後者なら、いつも通り一緒に帰ることができる。


 いったいどっちなのか。


 そんなことを考えていると少し瞼が重たくなってきた、頑張ってまばたきをしていると、いつの間にか涼音が涼香の部屋にいた。


「おはようございます、先輩」


 微笑みながらそう言うと涼音をボーっと見ていた涼香。


「あら?」


 呆けた顔で首を捻る。そして部屋の時計と睨めっこする、二十分程経っていた。


「時を超えてしまったわね」

「先輩寝てたんですよ」

「そうだったの……⁉」


 目を見開く涼香、どこまで本気で言っているのか分からないがまあいいだろう。涼音はローテーブルに持ってきた箱にを置く。


「ケーキ、食べましょう」

「夕食前よ」


 そういいながら涼香はベッドから降りてケーキの箱を開く。そして、目を見開いて固まる。


 その様子を嬉しそうな表情で見ながら、涼音は頬をかく。


「用事ってこのことなんです」


 開けた箱の中にあったものは、いつか見た、チョコでコーティングされたフルーツが乗った豪華なケーキだった。


「これって……買えたの⁉」

「はい、なんとか」


 涼香はケーキと涼音の顔を交互に見た後、顔をほころばせる。


 そして軽やかな足取りで部屋を出ていくと、フォークを二つ持って戻ってきた。


「ありがとう、とても嬉しいわ」


 礼を言った後に箱を広げる、簡易的な皿にするのだ。そして涼香はあることに気づく。


「一つしかないわね?」

「一人一つまでだったんですよ。あたしはタルト食べるんで、限定ケーキは先輩が食べてください」


 涼音が当然のことのように言ったが、それを聞いた涼香は眉根を寄せる。


「嫌よ、涼音も食べなさい」

「え、そんな気を使わなくても」

「気なんて使ってないわよ。私は涼音にも食べて欲しいのよ」


 涼香はフォークで限定ケーキを一口大に切り分ける。コーティングされたフルーツと一緒に刺して、それを涼音に差し出す。


「いつもありがとう」

「……一口目は先輩が食べてくださいよ」


 口を尖らせながらも捻り出した言葉は静かに響く。しかしそれでも涼香は一口目を食べるつもりはないらしい。


「……もう」


 やがて観念した涼音は差し出されたケーキを食べる。


 それを満足気の表情で見た涼香は自分もケーキを食べる。


「美味しいわね」

「はい、美味しいです」


 二人は微笑み合う。そして涼香が躊躇いがちに問いかける。


「……ねえ涼音、これからは一緒に帰れるのよね?」

「はい。もう用事は終わったので、いつも通りに」

「良かったわ」

「心配かけてすいません」


 学校でもかなり心配されていたのだ、ここは素直に謝らなければ、と、涼音は頭を下げる。そんな涼音の頭を撫でながら、涼香はしみじみと呟く。


「反抗期ではなかったのね」

「えぇ……反抗期だと思ってたんですか?」

「父親の気持ちを感じていたわ」

「ケーキ貰いますね」

「ダメよ! これは私のものよ」

「先輩臭い!」

「もう父親の気持ちは感じたくないわよ! え? 本当に臭う?」


 慌てて自身の臭いを確認する涼香、その隙に涼音はケーキにフォークを伸ばす。


「ケーキもーらい」

「涼音……⁉」


 恐ろしいものを見るような目を向けると。


「先輩あーん」


 涼音が笑顔でケーキを差し出す。


「……もう」


 微苦笑を浮かべた涼香が差し出されたケーキを食べる。


 思わぬ仕返し。こうして、少しだけ慌ただしい一日が過ぎていく。

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