百合の一幕 涼香と涼音の緩い日常

坂餅

5月

回転寿司にて

 下校時間を過ぎたころの、夕方の回転寿司店はまだ混む前。ドアを開けるとすんなりと席に案内される。そんな客がまばらな店内に二人の女子高生がいた。


「先輩、醤油取ってくれます?」


 そう言うのは高校二年の檜山涼音ひやますずね。茶色に染められた髪をおさげにしている可愛らしい容姿の少女だ。


「はい」


 そう言って甘ダレの入ったボトルを手渡すのは高校三年生の水原涼香みずはらりょうか。黒髪ロングヘアーを今は邪魔にならないようにポニーテールにしている、目尻のほくろが特徴の美人な少女だった。


「甘ダレじゃなくて醤油取ってください」

「ああ、こっちね」


 純粋に間違えた涼香は誤魔化そうと努めて冷静に振る舞う。


「涼音なら気づくと思ったわ」

「いやいや、先輩がドジっ子なのはみんな知っていますから」


 だから誤魔化さなくてもいいですよ、と涼音は言うが、涼香は聞いていないらしく、レーンからマグロを一皿取っていた。


 その様子を見ていた涼音は、先輩ってワサビあり食べれるんだなあ、と思いながらイクラを食べていた。


「ゔっ」

「あ、ワサビダメなんですね」


 鼻を押さえている涼香にお冷を渡す。受け取った水を飲み干した涼香は涙目になっていた。


「なんで言ってくれなかったの……」

「いやあ、先輩はワサビあり食べれるんだなあと」

「初めて食べたわ」

「今までよく同じミスしませんでしたね……」


 そう言いながら、涼音は新しいコップを取り出し、粉末緑茶を数杯入れてお湯を入れた。できた熱い緑茶を火傷しないように恐る恐る口をつけて飲んでいく。


「それはそうと、回転寿司店って寒いですよねー」


 もう五月だからと、ブレザーを着て来なかった涼音は身を震わせる。学校にいる間はブレザーを着ていると汗をかくほどの気温だったのだ。


「それなら、私のブレザーを貸してあげるわ」


 それを見越してブレザーを着て来た涼香である。


 礼を言ってブレザーを受け取った涼音はふと思った。自分が着てしまうと涼香が寒くなるのではないかと。


 しかしそんな心配は無用だと、涼香は得意げに微笑みながらブラウスの袖をめくる。


「大丈夫よ、私は厚着して来たから」

「……絶対暑かったですよね?」

「ここから出たくないわね」


 ため息をついた涼音は受け取ったブレザーに袖を通す。


 残ったぬくもりが涼音の冷えた身体をそっと、優しく包み込んでくれた。

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