第17話
「これがニハラチェーダ競馬場……?」
「うん! 私、この競馬場が大好きなんだ……」
愛子は競馬場のエントランスの前で、うっとりと競馬場を魅入るようにしてそう説明した。
初めて訪れることになったニハラチェーダ競馬場の外観は、まさに洋風のお城だった。テーマパークにあるお城のようなメルヘンチックな見た目で、青空に真っ白な壁が良く映える。可愛い見た目が好みの人に人気らしい。愛子も可愛いものには目がないようだ。
競馬場の中に入ると、天井まで20メートルほどの吹き抜けになっている開放的な空間が広がっていた。天井や壁面には彫刻が施されており、至る所に絵画が展示されていた。
「まるで美術館だな……」
「素敵でしょ? ドノティス競馬場もそうだけど、アップデートで追加された競馬場はどこも外観や内装が凝ってるものが多いんだよね」
「一種の観光地に近いな。ゲームの中だけど」
座席を取る機械も周りの内装と合わせたのか陶器のような真っ白な仕様になっている。たかだか競馬場のロビーに力を入れすぎじゃないかと思ってくる。
「一か月に一回は新しい競馬場が追加されてるからね。それだけプレイヤーの人口も増えてるってことだと思うんだ」
「まあ、廃れていくよりかはよっぽどいいな。俺もDHOにはハマってるし」
「牧場経営が軌道に乗ったらバイトをやめてもいいくらい稼げるようになるかもよ? そうなればとことんDHOに力を注げるし」
「そうなってくれれば万々歳だな」
俺は愛子とそんなことを話しつつ、座席を確保してスタンドに向かった。
「ここは普通のコースみたいだな」
スタンドから見えるコースはドノティス競馬場のような特殊な形状ではなかった。愛子によると、今現在はこういった無難なコースが多いらしい。
「それにしてもやけに人が多くないか? 次のレースは新馬戦だろ……?」
「今日の夕方にダートのGⅠレースがあるんだよ。席の確保をしつつそれまでレースを観戦って人がいるんじゃないかな?」
「もっと時間の遅いレースだったら席も埋まってたかもな」
たまたま俺たちはゴール前の座席を確保できたが、周りの席はすでにほとんど空きがなかった。
俺たちは座席に腰を掛けると、パドックの映像をモニターで見始めた。
ただ、俺はDHOの知識に乏しいので、パドックを見ると言ってもグレイスの様子を眺めることしかしない。
1枠1番に入ったミヤビエンジェルは現在2番人気だ。
「うわ、見たくない名前がある……」
俺の横でそう言った愛子はまるで苦虫を嚙み潰したような表情を見せていた。せっかくの可愛いアバターが台無しである。
「なんだよ見たくない名前って。強い馬でもいたのか?」
「強いかどうかは分からないけど……ほら、この馬主の名前」
愛子が指をさした先には大富栄剛という馬主の名前が表示されていた。所有馬はジュエルトロッグという馬だ。
「ジュエル、っていう冠名を使う馬主なんだけど、DHOじゃある意味有名人だよ」
「ある意味……?」
「噂だけどこのDHOに月ウン千万も課金している廃課金プレイヤー、それが大富栄剛」
「はあ!? ウン千万!?」
ウン千万稼いでいるんじゃなくて課金!? 馬鹿丸出しじゃねえかよ!
「雅くん、大富って聞いたことない?」
「大富……? もしかしてあの大富財閥か!」
「そこの御曹司よ。今は働きもせずにDHOの実況を動画投稿サイトで流しているわ。ただ、そのプレイングも金にものを言わせたパワープレイ。レースで負けるとジョッキーに罵詈雑言を浴びせるという悪い意味での有名人ってところね」
「要するに、金持ちのボンボンってことか」
ゲームにウン千万を使い込んでも親は何も言わないのだろうか……?
「DHOで絶対に関わってはいけないって言われてるプレイヤーの内の一人だから、雅君も気を付けてね? 目を付けられたら厄介だから」
「言われなくてもそんな奴には近づかねえよ」
金を稼ぎたい俺とは正反対のプレイスタイルだしな。学ぶことも皆無だろう。
そうしてしばらく待っていると、出走を知らせるファンファーレが鳴り始めた。いつの間にか出走の準備が始まっていたらしい。
「あ、距離が短いとスタート地点がコースの奥側になっちゃうのか」
「うん、バックストレートって言ったりするんだけど、ゴール地点から1200メートルとなるとあそこがスタートになっちゃうんだよね。ただ、距離が短い分1分ちょっとで決着がつく短距離レースは長距離レースとは違う迫力があるよ」
「へえ、そりゃ楽しみだ」
種付けで全然違うタイプの種牡馬を選んで良かったかもしれないな。初めのうちに色々な経験ができるし。
『ニハラチェーダ競馬場、芝1200メートルで行われます新馬戦。単勝1.1倍、断トツ一番人気は14番ジュエルトロッグです』
「……だってよ。まあ、金を注ぎ込んだ馬は強いんだろうな」
「DHOは課金をすればするほど強くなる、なんていう甘いゲームじゃないんだよ。大富もオーナーブリーダーだけど、その生産馬のほとんどはオープン入りがやっとの馬ばかりだし」
「そうなのか? じゃあなんであんなに人気になっているんだ?」
「大方、自分の生産馬の馬券に相当つぎ込んだんじゃないの? 本人は自分の馬が勝つと信じているだろうけどね」
愛子は不機嫌そうに眉をひそめてそう言った。どうやら愛子は大富栄剛のことをとことん嫌っているらしい。
これ以上愛子の機嫌を損ねたくないと考えた俺は、大富栄剛について触れることをやめた。
間もなくして出走準備が整い、ゲートが開いた。
ミヤビグレイスのデビュー戦が幕を開けた。
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