第5話
「あ、そうだ。暇だったらあとで私が出るレースでも見に来ない?」
厩舎の中でしばらく話していると、麗華がそんなことを言い始めた。
「レース? 自分の馬じゃなくても見れるのか?」
「うん。9時半からの未勝利戦だからそんなに混まないと思うんだよね。愛子、あとでティパサ競馬場を案内してあげてくれる?」
「おっけー。雅君、先に競馬場に行ってようか。案内してたら9時半くらいになると思うよ」
「分かった。よろしく」
そうして、麗華と俺たちは一旦分かれることになった。
「それじゃあ、ボードから行き先を選んでくれる? ティパサ競馬場ね」
「了解」
ティパサ競馬場に向かいますか?という項目が出たので、俺ははいを選択する。
転移すると一瞬で景色が変わり、目の前には見上げるほど大きな建物が現れる。
「でっけえ……」
現実の競馬場も生で見たことがないのでこのサイズが当たり前なのか分からないが、10階建てのビルくらいの高さがあるんじゃないだろうか?
俺が競馬場の大きさに圧倒されていると、同じく転移してきた愛子にくすくすと笑われてしまった。
「この建物はレースを見たり、馬券を買ったりする場所だよ。パドックっていう、出走前の馬の状態は観戦する席から動画で見れるよ」
「へえ……。競馬場に行ったことが無いからよくわかんないなあ。てか、馬券も買えるんだな?」
「うん。その時賭けるのは換金できるGじゃなくて、馬券ポイントっていうものだからそれで稼ぐのは無理だけどね。でも、厩舎の家具とかアバターの着せ替えを交換できるから本業より一生懸命やってる人もいるみたいだよ」
へえ……まあ、実際のお金を賭けないならやってみるのも楽しいかもしれないな。
そんなことを考えつつ、俺たちは玄関を通りホールに向かった。
ホールには所々プレイヤーが往来している。それほど混んでいる様子はないようだ。
「左に並んでいる赤い受付機がレースを観戦する席を確保する機械で、右側に並んでいる緑の受付機が馬券を購入する機械だよ」
「馬券を買う人の方が多いみたいだな」
「G1のレースだと席の取り合いになるんだけどね。空いてそうだし、特等席のゴール前でレースを見ようか」
そうして愛子は観客席を確保した。それに続くように俺も愛子の隣の席を確保する。
その後、レース場の方に足を運んだが、その圧倒的な広さに俺は感嘆の声を漏らした。
「おお! すごい広いな!」
「ティパサ競馬場は芝の方だと一周1600メートルあるからねー。というか雅君、遊園地に来た子供みたいだよ? すごい楽しそう」
「あ……すまん。初めて見て興奮してしまった」
愛子に指摘されて我に返った俺は少し恥ずかしくなってしまった。感情の変化もゲーム機が信号として拾うので、俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
「私たちの席はあのゴール版の目の前だよ。さ、早く行こう?」
広い競馬場では自分の座席に移動するのにも一苦労だ。ようやく座席に着いた俺は用意されている椅子にドカッと座り込み、そこから見える景色を堪能する。
「なんかゲーミングチェアみたいだな、この椅子」
「そこが現実の競馬場と違う部分かな。ほら、肘置きのところにボタンがあるでしょ? それを押すと……こんな風に、モニターが出てくるんだ」
愛子によると、ここの競馬場のレースだけではなく他の競馬場のレースも観戦できるそうだ。また、今から行われるレースに出走する競走馬を見るパドックも映像で確認できた。
現実だと、人が密集する中で馬の様子を見なければならなくて大変だと愛子は言った。今度、試しに行ってみたいものである。
「レースに乗るときのジョッキーはみんなこんな服なのか?」
パドックを見ていると、麗華のみならず他のジョッキーもド派手な柄の服に白いズボンという服装だった。それぞれ着ているデザインは違っていたが、とても目立つ。
「勝負服って言って、所有する馬主が色や柄を決められるんだ。雅君も後から設定できるようになるはずだよ?」
「色々あるんだなあ」
そうして、愛子と話をしながら時間を潰していると出走の時間になった。
芝2000メートルのレースなので、一度観客席の前を通って一周してくるとのことだった。
ファンファーレという出走を合図する音楽が鳴り、遠くの方でゲートに入る馬たちが見える。
16頭すべての馬がゲートに入ると、勢いよく馬たちがスタートした。
「麗華が乗ってるのって何番だ?」
「2番、白い帽子だよ」
少し待っていると、遠くからドドドド、と地響きのような音が聞こえてくる。
周りでは馬主と思われるプレイヤーから、頑張れーと応援が掛けられていた。
「……すごい迫力だな!!」
「でしょ! お、麗華意外と良い位置にいるよ」
麗華が乗る馬は先頭から5頭目くらいの位置にいた。俺にはよくわからないが、良い位置らしい。
1週1600メートルもあるとは思えないほど、馬たちは速く走り、あっという間に最後の直線へと戻ってきた。
「麗華ー! がんばれー!」
俺の横では愛子が大きな声で応援している。
俺の手にも自然と力が入っていた。
『ここで先頭に立ちました、2番シークエンスボルト! 残り200メートル!』
「あ! 他の馬が来たぞ!」
「麗華! 粘って!」
先頭に立った麗華が乗る2番の馬に、外からすごい勢いで並びかける馬がいた。
麗華も必死に馬を追っていたが、徐々にそのリードが縮まっていく。
『大外からパレスジェネシス、すごい脚で追い込んできた! 2番シークエンスボルトも粘る! しかしパレスジェネシス、すごい脚! 2頭並ぶようにしてゴールイン!』
「どっちだ!? どっちが勝ったんだ!?」
「うーん、外から差してきた馬かな……。惜しかったなあ」
「そうか……」
愛子から結果を聞いて、俺はがっくりと肩を落とした。
しかし、俺の胸は今まで経験したことがないほど高鳴っていた。
これ、めちゃめちゃ面白い……!
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