第2話 妖怪とんでもない美少女

 お祓いをしてくれる神社をスマホで検索したら一件だけヒットした。厄払いではなく、本格的に呪いのお祓いをしてくれる神社仏閣だ。だが何の因果か、この一件が縁雅えんが神社だった。縁雅神社といえば縁結びで有名な神社だ。ここからそう遠くはない。しかし、呪いのおみくじが猛プッシュしている神社じゃないか。


 決めた、絶対いかない。となると呪いのおみくじと妖怪とんでもない美少女からもらった水晶はどうしよう。有名な神社に飛び込みで持っていってみようか。しかし、この2つはマジ物なんだけど、お祓いなどやってくれるだろうか。


 そうだ、このおみくじを引いた近所の神社に持っていこう。どこか適当な所に結んでおけばいいや。水晶はダメ元でお祓いしてくれるように頼んでみようか。そうと決まれば早く行こう。


 一時間ほどかかって近所の神社に行ってみたが、結論から言えばダメだった。鳥居を越えてすぐに神主さんらしき人が慌てて僕のもとへ来て、「ダメです。帰ってください」と言った。せめて話だけでも聞いてくださいと頼んだが、ダメの一点張りで帰る他なかった。ああ、マジか。モノホンじゃないか、このおみくじは。  

  

 仕方なくこの日は家に帰った。本格的にお祓いしてくれる神社仏閣が見つかるまでは、家に置いておくしかない。捨てようかとも考えたが、なんだ罰が当たりそうだ。 


 取り敢えず、おみくじと水晶は家にあった小さな箱に入れ、レシートの裏に筆ペンで封印と書いて、箱に貼り付けて置いた。こんなもので封印できるわけないがせめてもの気休めだ。何事も起きませんように。


 そして、一週間が経った。これと言って周囲に異変はない。だが、お祓いしてくれる所が見つからない。どうしようかと封印箱を見つめているとピンポーンとチャイムが鳴った。ネットで買った封印の御札が届いたのかな。


「はーい」


 ドアを開けると、なんとそこにはとんでもない美少女がいた。推定まよで会った妖怪だ。妖怪とんでもない美少女だ。ペコリと一礼する美少女。


「お世話になりに来ました。よろしくお願いします」


 一体どういうことだ。なんで僕なんだ。


「ごめんなさい。無理です。他をあたってください」


「あの、断ったら待ち人さんが呪うって……」


 ……嘘でしょ。勘弁してよ……。ああ、神よ。


「……どうぞ、狭い所ですが」


 家に入れるしかなかった。色々と聞きたいことがあったが、玄関の前で話す事は憚れた。なぜなら彼女がとてつもなく目立つから。


 天から舞い降りたと言われても納得できてしまう程の美少女さに加えて、着ている服が豪華絢爛だからだ。色鮮やかな和服っぽい意匠の服だ。竜宮城の乙姫が着ていそうなやつ。


 ワンルームの部屋に招き、小さなテーブルの近くにある座布団に座らせた。僕はお茶を二人分淹れてから対面に座った。


「ありがとうございます。突然申し訳ありません」


 何から聞けばいいかな。とにかく待ち人さんが気になる。


「あ、自己紹介が遅れました。私、妖怪とんでもない美少女の蓬莱ほうらい天女あまめと申します。不束者ですがよろしくお願いします」


「……僕は野丸のまる嘉彌仁かみひとです。蓬莱さん?えっと、待ち人さんって何者なのかな?」


「私にもよくわかりません。光ってる女の人でした。変な人に追いかけられている時に、気がついたらあの家にいました。夢に女の人が出てきたんですが、その人が助けてくれたようです。あ、あと私の事は天女ちゃんでいいですよ」


「……じゃあ、その光ってる女の人からここに来るように言われたの?水晶も?」


「はい、夢の中で御告げがありました」


「……どのような御告げ?」


「ええと、あのお家に尋ねてきた人を頼りなさいって。あなたの願いを叶えてくれるからと」


 尋ねたというより迷い込んだんだけどな。もしかしたら、その待ち人さんに拉致されたのかもしれないし。


「そして今日、気がついたらこちらの玄関の前にいました」


「……蓬莱さんの願いって何なのかな?」


 僕に彼女の願いが叶えられるとは思えないんだけど……。僕が訪ねると、彼女は襟を正して真剣な表情で言った。


「私の願いは完璧な美少女になる事です」


 もうすでに完璧な美少女だと思うが……。


「あと、天女ちゃんでいいですよ」


「……天女ちゃんはもう十分な美少女だと思うけど?」


 目の前の美少女を見れば、本当に人間離れしている。まず、目を引くのが綺麗なピンクがかった金色の髪。ピンクブロンドというのか。染めたような不自然さはなく、長く艷やかに輝く髪を後ろで一つに結んでいる。いわゆるポニーテールだ。


 綺麗な柳の眉の下は、カールを巻いた長い睫毛に、大きな目はあどけなさがありつつも、吸い込まれそうな程、一種の妖しい魅惑を孕んでいる。スーッと通った鼻は形よく、程よい大きさ。ぷっくりと小さめの唇は、きれいな桜色で、ぷるんと水分たっぷり潤っている。


 これらどれをとっても完璧なパーツを納めるのが小さな顔。マネキンくらい小さい。輪郭、目鼻口の比率はまさに黄金比。完璧な黄金比。


 そして、肌は白く陶器のようだ。ようだというか陶器そのものと言っていい。シミ一つなくきめ細やか。どれくらい細やかなのか想像がつかない。おそらく顕微鏡でも使わなければ、肌の凹凸など分からないのではないか。それくらいプルプルツヤツヤスベスベである。


 背も程々に高く、着物のような服だから体のラインはよくわからないが、手足も長いんじゃなかろうか。


 まるで有名な画家が、空想に空想を重ね、幻想に幻想を重ねて、書き上げた渾身の一作が絵から飛び出たようだ。


「いいえ、私などまだまだ若輩者の美少女でございます」


「そうかなあ……」


 彼女より完璧な美少女は存在しないと思います。


「完璧な美少女とは、姿形だけでなく、所作から性格、倫理観、思想信条に至るまで美少女でなくてはならないのです。まだまだ勉強しないといけない事がたくさんあります」


「……なるほど、天女ちゃんの美少女道が険しい道なのは理解できたけど、僕の所にいてもその願いは叶わないと思うよ?」


「でも待ち人さんはカミヒトさんの所に居れば願いが叶うと仰っていました。他に行く所もありません。どうか、ここに置いてください」


 美少女は三指を突いて、頭を下げた。


 しかし、そう言われても問題だけだ。こんな狭いワンルームで同棲だなんて、間違いが起こったらいけないし、なにより世間体が悪い。彼女は見た目は高校生くらいだから、成人男性と女子高生が同棲だなんてどう考えても通報される。それに彼女は戸籍なんて持ってないだろう。身元確認されたら、なんと説明すればいいものか。最近生まれた妖怪です、で通じるだろうか。そんなわけないよなあ……。おお、自分が逮捕される未来が見えるぞ。


「そういえば、待ち人さんが今日中に会いに来なかったら呪うって言ってました」


 それ早く言ってよ!一番大事なことじゃないか。


 どこに行けばいいんだ。


縁雅えんが神社でいいのかな?」


「おみくじに書いてあると仰っていました。あと、水晶を持参するようにと」


 はあ、仕方ない。これはもう行くしかないか。嫌だけど、天女ちゃんの事も相談しないといけないし。まさかこの家に置いておくことなど出来まい。


 僕は素速く身支度を整え、縁雅神社に向かうことにした。知らない人を家に一人にさせておく事には抵抗を覚えるが、一緒に連れいく訳にはいかない。


「じゃあ、行ってくるね。留守番よろしく……」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 はあ、気が進まない。気が進まないなあ。

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