第21話
「最っ高だった……」
約2時間のライブを終えた私は机に突っ伏した。
「曲のパフォーマンスはもちろんだけど、MCとか、幕間映像の準備風景とか、本当に最高過ぎる……らむねちゃん達は2時間あんなに頑張ってたのに、途中で燃料切れした自分の体力のなさが憎い……」
「あんなにライト振ったり、声出したりしてたらそうなりますよ」
「……次のライブが決まったら、体力作りします」
そう宣言して、私は大きく伸びをした。
「んっ……はぁー。じゃあ、ライブも終わったし帰ろっか」
「はい」
私はDVDとペンライトをバッグに詰めた。
「斗真君のタオルとペンライトも貸して」
「あっ……タオルは洗濯して今度お返しします」
「いいって。ほら」
私は斗真君に手を差し出した。
……はっ! もしかして、このタオルを家で嗅ぐんじゃないかとか不安に思われてる!?
「ち、違うよ! うちでまとめて洗濯したほうが斗真君も楽かと思ってね! 別に使用済みのタオルで何かしようとか思ってないからね!?」
斗真君は小さく噴き出した。
「ふふっ。菜々子さんってたまにおかしなこと言い出しますよね。……じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って斗真君はタオルを差し出した。こっちは大真面目なんだけどな……
受け取ったタオルをカバンに詰める。このグッズ達を買った時は後先考えずにたくさんポチってしまったけど、今日使ってあげられて本当によかった。それに、誰かと一緒に観れたことが本当に嬉しい。
「それにしても、斗真君がそんなにアイフレのことを好きになってくれてたなんて驚いたよ」
そう言って斗真君を観ると、不思議そうな顔をしていた。
「アイフレはたくさん見せてもらって興味はありますけど……なんでそう思ったんですか?」
「え? だって、DVD観る前に、『僕も楽しみです』って言ってたでしょ」
その時、斗真君の表情が変わった。
「僕、そんなこと言ってました……?」
「うん。どうしたの?」
「口に出したつもりはなかったのでびっくりして……あの、DVDを観るのが楽しみというより、菜々子さんの楽しむ姿を見るのが楽しみだったというか……って何言ってるんだろ……」
「え、えーっと……」
それは……つまり?
「先週は菜々子さん、元気なかったじゃないですか! だから、その……」
この話を深追いするのは私達の関係によくない気がする。直感的にそう感じた私は斗真君の言葉を遮った。
「そ、そっか! 心配かけてごめんね!」
「いえいえ! そんな……」
変な空気のまま、私達はカラオケルームを出た。
帰り道はさっきの空気を覆い隠すように他愛もない話をした。
「あの、今日はありがとうございました」
アパートの部屋の前についたところで斗真君が言った。
「こちらこそ! 一緒にライブ観てくれてありがとう。すっごく楽しかったよ!」
「僕も……あの、楽しかったです。……それじゃあ」
「斗真君」
斗真君がドアノブに手をかけたところで声をかける。
「来週はいよいよコスプレをしようと思ってるの。今日と同じで土曜日の13時に、私の部屋に来てくれる?」
「……分かりました」
私達はそれぞれの部屋に入った。
『DVDを観るのが楽しみというより、菜々子さんの楽しむ姿を見るのが楽しみだったというか……』
斗真君のその言葉が頭をよぎる。
信用してくれてるし、そこそこ好かれているのは分かる。きっと、出会ったタイミングがそうさせたんだ。親元を離れたばかりで、大学にも知り合いがいなくて、きっと心細かったと思う。そんな時に知り合った年上の隣人。家族や大学の同級生みたいな『人生において大事な人達』とは全く関係のない存在。そんな私の立ち位置は斗真君にとって気楽だったのかもしれない。
だからこそ、私はその存在を冒してはいけない。隣人に不信感を持ちながら生活しなければならないような、斗真君の暮らしを脅かしてはいけない。でも、このまま一緒にいて自分はそうしないと言い切れるだろうか。
斗真君にとっては何気ない言葉かもしれないけど、私は勘違いしてしまうかもしれない。そのことが怖い。
「来週で最後……かな」
自分で呟いたその言葉に心が冷たくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます