第16話 暴走するカエデ
アプローチ練習場のグリーンでは、陸斗と瑠利が昨日と同じようにパター勝負で盛り上がっていた。
練習をするなら寡黙にコツコツとすることも大事だが、楽しく対戦形式でした方が身につくこともある。
特にメンタルを鍛えるためには、プレッシャー慣れは必須。
場数を踏めば、極度の緊張状態は避けられるので、二人の勝負は理にかなっていた。
「あ~あ、また負けちゃった」
「でも、だんだん厳しくなってるよ」
「ほんと?」
「うん、長いパットが決まるようになって、決着も早くなってるじゃない。まだ私が入れ返しているから勝ててるけど、本音をいうと、ちょっとキツイかな」
そう話す瑠利であるが、ここまで昨日を含め、10戦10勝。
ちょっと、大人げない気もするが、手を抜くなんて陸斗に失礼だ。
ただ、パッティングはミズモノ。運の良し悪しでも結果は変わるため、このまま拮抗勝負が続けば、確実に負ける時が来ることは、わかっていた。
そして、次の勝負。
先行の陸斗が五メートルの長いパットを一回で沈め、次は瑠利の番。
厳しいプレッシャーと戦い放ったパットの行方は……。
「あ……」
「やったー、かったー」
ピョンピョンとジャンプして喜ぶ陸斗。
瑠利のパットはカップの脇をすり抜けたのだ。
芝目の抵抗にあい、予想とは違ったキレ方をしたのである。
「ああ、悔しい。もう一回やろう」
「うん」
ただ、負けて終わるのは嫌だと再戦を希望する瑠利は、やはり大人げなかった。
やるなら勝って終わりたいのは、人の心情。
勝者は常に一人である。
けれど、勝負とは不思議なもの。
たった一度の勝利で、あんなに勝てなかったことが嘘のように勝ててしまうのだ。
「やったー、またかったー」
「えっ、うそっ。マジかあ……」
俗に言う、流れが変わった。
それがこの現象の正体である。
そんな風に戦いはますます白熱していき、面白くなってきたところで、あの姉妹が現れた。
「リク~」
「りくちゃ~ん」
「あっ、シホお姉ちゃんと、カエデ姉ちゃんだ」
これまで勝負に夢中になっていた陸斗が、名前を呼ばれたことで姉妹の存在に気づく。
そして、パターをグリーンに放り出して彼女たちのもとへ駆けていき、しゃがんで両手を広げるカエデ……ではなく、
その行動に迷いはなく、嬉しそうに詩穂を見上げる。
「うん、知ってた」
そんな呟きをするカエデをよそに、詩穂は陸斗の頭を軽く撫でると、「リク、元気だった?」と、尋ねた。
陸斗もまた、ニコニコの笑顔でそれに頷き、
「うん、元気だよ。お姉ちゃんは?」
と、聞き返す。
それを羨ましそうに眺めるカエデ。
詩穂も流石に妹を不憫に思い、陸斗にお願いをするが……。
「私もよ。でも、カエデがへこんでいるから、そろそろ相手をしてあげて」
「わかった」
大好きな詩穂に促され、陸斗はさっきから両手を広げたままの状態を維持するカエデの胸に、ドスンとダイブ。
その扱いはずいぶん雑なようだが、それでもカエデは嬉しそうだ。
陸斗をギュッと抱きしめ、満足そうな笑みを浮かべると……。
「やっぱ、りくちゃんは可愛いなぁ。ずっとこうしてたいよ」
なんてことを言い出した。
これに陸斗は抵抗。
「やだ、ぼくもっと遊びたい。はなしてよ~」
と、カエデの腕を振りほどこうとする。
案外、子供は抱っこを嫌うもので、ましてや陸斗はもう十二歳だ。
見た目はまだ十歳程度であっても、とっくに卒業しているのであるが……。
それでも、暴走したカエデは、なかなか放してくれない。
「待って、あと三分」
「やだ、もう行く」
「もうちょっとだけだから」
そんなしつこいカエデに陸斗は必至で抜け出そうとするが、逆に彼女の腕の力は強まり、身動きのとれない状態に……。
ただ、それを見ていた詩穂は疲れたように、溜息をつく。
「はぁ……、これが無きゃ、いい妹なのに……」
妹に譲ったあげく、それで陸斗に迷惑を掛けるなんて言語道断。
詩穂はツカツカツカと妹に近寄り、頭に軽く拳骨を落とす。
「痛っ、もう、なにするのよ」
「それは、こっちのセリフ。いつまでもそんなことしてたら、リクに嫌われるよ」
「うっ……」
姉の言葉にカエデは激しく動揺。
その隙をついて、陸斗は脱出できたのだった。
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ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
後半はスピーディーに展開させようとしたら、あんな感じになりました。
難しい。ちょっと、変えるかもしれません。
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