第33話

エルデリアに戻った風花たちは、訓練を重ねていた。戦略の立案、連携の練習、体力の鍛錬。それはまさに苦行の連続だったが、皆、それぞれの目標に向かって必死に取り組んでいた。

レナは水系の魔法で、エレシアはその美しい歌声と詩で、そしてミラは狼のフリーズとの絆で仲間たちをサポートしていた。一方、風花自身も一歩も引かずに、サルヴァトールへの挑戦を準備していた。


そんな中、新加入したアレクセイの息が合わない。彼の剣技は確かに優れていたが、チーム内での連携はまだまだ稚拙だった。それは彼の乱暴な性格とは裏腹に、その戦い方は繊細で緻密なもので、そのために風花たちとの調和が難しいのだ。

特に困っていたのがミラだった。彼女の持つ「獣の眼」は、彼女とフリーズとの視覚を共有することで、戦場全体を把握し、戦略を立てることができる。しかし、アレクセイの繊細な戦い方は、彼女の視野を阻害し、戦略の立案が難しくなってしまっていた。

「アレクセイ、もう少し私たちと息を合わせてくれないか?」ミラが訓練の合間に彼に尋ねた。

アレクセイはむっつりと口を尖らせて言った。「なぜ俺がお前たちに合わせないといけない? お前たちが俺に合わせろよ。」

彼の言葉に、一同は一瞬言葉を失った。しかし、それも束の間、風花が声を挙げた。「だって、アレクセイ、私たちは一緒に戦う仲間なんだから。」

アレクセイはふっと鼻で笑った。「だからって、自分の戦い方を変える必要はないだろう。」


訓練場での一件からしばらく経ったある夜、風花は一人自分の部屋に閉じこもっていた。彼女の頭の中は混沌としており、思考が整理できなかった。特にアレクセイとのやり取りは、彼女を深く悩ませていた。

「同じ過ちを繰り返すわけにはいかない……」

彼女はゆっくりと目を閉じ、深呼吸をした。そして、風花の心の中に浮かんできたのは、あの日の戦いだった。サルヴァトールとの激しい戦闘の中で、彼らはテオを失った。


テオは彼らの仲間で、同じ星刻学園の生徒であった。彼は物静かで思慮深い性格の持ち主で、その的確な判断力と冷静さは、彼らが困難な状況に直面した際の大きな支えだった。

しかし、それが仇となり、彼はサルヴァトールによって命を奪われてしまった。その瞬間、風花は何もかもを失ったような絶望感に襲われた。そして、それは彼女を強く後悔させ、自分たちのチームワークに疑問を持つようになった。


「私たちは、一体何が足りなかったのだろう……」

風花は自分の部屋の窓を見つめ、静かに呟いた。その目には、テオの姿が映し出されていた。彼の髪は黒く、目は深い青色で、その端正な顔立ちと筋肉質な体は、まるで生きているかのように風花の目の前に浮かんでいた。

「テオ……」

風花はゆっくりと目を閉じ、深呼吸をした。そして、再び彼のことを思い出した。彼の静かな口調、的確な指示、そして彼が自分たちに語った、仲間とともに戦うという意志。

「私たちは、もっとテオのようにならなければいけない。私たちは一緒に戦う仲間なんだから……」


風花は眠れぬ夜を過ごした後、朝一番に騎士団の宿舎に向かった。彼女が探していたのは、騎士団長であるアレイスター・デ・ヴァリスだった。風花は騎士団の食堂でアレイスターを見つけると、彼に一言声をかけた。

「アレイスター、私、少し相談があるの。」

アレイスターは、風花の言葉に頷き、彼女に隣の席を指して示した。彼の表情はいつものように厳格で、その視線は真剣だった。

風花は深く息を吸い込んでから、自分の懸念をアレイスターに話した。「サルヴァトールとイグニシアが共同戦線を張っているなら、我々はどう戦えばいいのだろう。彼らを分断せずには勝つ見込みはないわ。でも、どうすれば……」

アレイスターはじっと風花の話を聞き、一瞬考え込んだ後に、彼女に向かって言った。「それは確かに難問だ。しかし、解決策がないわけではない。我々にはいくつかの選択肢がある。」

「まず、彼らを分断するためには、戦力を二つに分けることだ。一つはサルヴァトールを、もう一つはイグニシアを引き付けるようにする。しかし、それは同時に、我々の戦力も分散することを意味する。」

アレイスターの言葉に、風花は少し考え込んだ。確かに、戦力を分ければ敵を分断できるかもしれない。しかし、それは同時に、自分たちが危険にさらされる可能性も高まる。

「もう一つの選択肢は、どちらか一方を先に倒すことだ。我々が全力で一つの目標に集中すれば、もう一方は一時的に放置せざるを得ない。しかし、その間にもう一方が何をするかは、予測不能だ。」


アレイスターはより具体的な提案する。エルデリア軍がイグニシア軍、サルヴァトール軍に2方面から攻撃を仕掛ける。両軍が互いに戦いを起こしている間に、サルヴァトール軍の中枢に風花の部隊を転送し、直接攻撃をかけるというのが案だった。確かに、風花にはフェーズクリスタルがある。エレシアはゲート魔法を使うことができる。しかし、敵陣のど真ん中への転送は大きなリスクを伴う。また、ゲートは行った事のある場所へしか移動できない。

まず、ドラクシア内部に偵察に行く必要があった。


「エレシア、大丈夫か?」風花がエレシアに声をかけた。エレシアは力強く頷いた。彼女の目は、戦士のそれとしての強さと、戦場にいる者特有の鋭さを兼ね備えていた。だが、エレシアの背後に広がるのは、彼女が育ったエルフの里だった。かつては平和で美しいエルフの里は、今はサルヴァトール軍に占領されていた。エレシアの悲しみを、風花はよく理解していた。

風花たちは、エレシアが開いたゲートを通じて森の中へとワープした。彼女たちが到着した場所は、エルフの里からほど近い森の中であった。その地は、エレシアが子供の頃に遊んだ場所で、エルフの里の子供たちが森の精霊達と遊んだ思い出深い場所だった。だが、今ではその景色も大きく変わってしまっていた。

サルヴァトール軍の旗が立ち並び、かつての自然豊かな森は戦場の風景に塗り替えられていた。エレシアは少し目を閉じ、瞳に映る故郷の風景を確認した。彼女はその悲しみを力に変え、強く拳を握りしめた。


「私たちはここで戦う。そして、私たちの故郷を取り戻す。」エレシアの声は堂々としていた。その言葉に、風花は深く頷いた。

「そうだ、エレシア。私たちは戦う。そして絶対に、あなたの故郷を取り戻す。」風花の声は、エレシアの意志を強く反映していた。

そして、風花たちは、サルヴァトール軍が占領する故郷を取り戻すため、そしてその地で平和を再び築くために、戦いへと踏み出すのだった。


風花達はドラクシア領内の人々の生活を見つつ、サルヴァトール軍の拠点を探し続ける。そして、ついにその拠点を発見した。

その拠点は巨大な要塞で、人々は恐怖と敬意を持ってその存在を見上げていた。要塞の周囲には街が広がり、人々の生活の音が響いていた。

「これがサルヴァトール軍の本拠地か……」風花は言葉を詰まらせた。

確かに人々は生活を続けている。しかし、その生活は魔王アゾゴスの影響下にある。


風花たちはその地にとどまり、サルヴァトール軍の動きを観察し始めた。ドラクシア領内の人々があまりにも平穏に暮らしている事に戸惑いつつも、任務を完遂することが最優先だった。風花たちは要塞に近づくべく、周辺地域の状況を理解し、移動ルートを確保した。

その中で、風花たちは地元の人々から様々な話を聞いた。彼らは平和な生活を送りつつも、魔王アゾゴスへの絶対的な忠誠を誓うことでその生活を維持していた。それは風花たちが想像していた「強制された生活」ではなく、「選択された生活」だった。

風花は、「我々が戦っているのは一体何なのか」という疑問を抱き始める。彼らは彼女たちが想像していた「敵」ではなく、「共存する人々」だった。


「風花、少し話がある。」アレクセイの声は少し厳しい音色を帯びていた。

風花は驚きつつも、彼に向き合った。「何かあったの?」

「君の心情についてだ。」彼は言った。「私たちは敵地にいる。私たちは戦争をしている。君が感じている同情心、それは敵にとって利用できる弱点になる。」

風花は驚いた表情を浮かべた。しかし、彼女はしっかりとアレクセイの目を見つめ、答えた。「アレクセイ、私の感情を心配してくれてありがとう。でも、それが私の弱点だとは思わないわ。それが私を強くする、それが私の力になると信じている。」

アレクセイは顔をしかめ、風花を見つめる。「それは…感情が邪魔をするだけだ。私たちは戦争を戦っている。人の心なんて二の次だ。」

「そう思うなら、あなたが心ない機械でいればいいじゃない!」風花は声をあげた。それは、彼女がこれまでに見せたことのない激情だった。

アレクセイは驚いた様子で風花を見つめた。彼女の言葉には、深い怒りと、どこか悲しげな音色があった。彼は何も言えずに、ただ彼女を見つめるしかなかった。


偵察は成功し、ついに作戦が始まった。エルデリア軍は2方面からイグニシアとサルヴァトールの軍を攻める。

一方、風花の部隊は、サルヴァトール軍の本陣に突入することになっていた。エレシアのゲート魔法で、彼らは直接敵陣に移動する。

「みんな、準備はいい?」風花の声は、皆の緊張をほぐすように響いた。各々が頷きを返す。そして、エレシアがフェーズクリスタルを取り出し、魔法の唱えを始める。

空間がゆがみ、次の瞬間、風花たちはサルヴァトールの本陣に立っていた。驚いた敵兵たちは、急いで武器を取り出すが、風花たちはすでに剣を構えていた。

戦闘が始まった。風花の剣は、彼女の意志を体現するように、敵を次々と倒していく。アレクセイの一部始終を見つめていたレナは、風花の表情に気づいた。

「風花、大丈夫?」レナは風花の近くで、水の盾を作りながら尋ねる。

「うん、大丈夫だよ。」風花はレナに笑みを向けるが、心の中は複雑だった。


深呼吸をして、レナはパーティーメンバーを見渡した。彼らの目は一様に真剣そのものだった。彼らの信頼を胸に、レナは最後の準備を整える。「みんな、行くよ。」そう言って彼女は一歩前へと踏み出した。

その瞬間、風花たちは輝く光の中へと飲み込まれ、気がつけば広大な軍事基地の中心、サルヴァトール軍の本陣に立っていた。騒然とする敵兵たちが慌てて武器を取り出し始める中、風花たちはすでに戦闘体制を整えていた。

レナは深呼吸をしてから、手を広げる。その手から放たれる水色の魔法の光は、彼らを包み込む強固な結界を形成した。「これで一時的にでも、外部からの攻撃は防げるわ。」レナが言うと、風花は安堵の笑みを浮かべた。

しかし、この結界は一時的なもの。その間に本陣の司令官を討つ必要があった。風花は剣を引き抜き、仲間たちに声をかける。「レナ、ありがとう。これからは頼んだよ、アレクセイ、エレシア!」声をあげる風花の眼差しは、固く決意に満ちていた。


サルヴァトールの元へたどり着いたパーティーメンバーは目を疑う。

サルヴァトールに付き従う剣士は、死んだと思っていたテオだった。

テオは、前回のサルヴァトールとの対決で致命傷を負ったと思われていた。


「テオ…君なのか?!」風花が声を上げた。その声には驚愕と悲しみ、そして絶望の色が混ざっていた。戦友と思っていた彼が敵として目の前に立つ。それは彼女が想像もしていなかった事態だった。

テオは無表情に風花を見つめた。その瞳にはかつての優しさや温かさはなく、冷たい光だけが宿っていた。そして、彼の隣に立つ男、サルヴァトールは嗤うように笑っていた。

「驚いたか?風花。だが、これが現実だ。テオは私の忠実なる騎士となったのだ。」

その言葉に、風花は更なる衝撃を受ける。テオがサルヴァトールの手によって何かされてしまったのだと直感した。だが、彼女には何もできなかった。その現実はあまりにも残酷だった。

次の瞬間、サルヴァトールとテオの連携攻撃が繰り出された。風花たちは瞬時に戦闘態勢を取り直す。しかし、風花の心は乱れていた。戦友との戦い。それは彼女が予想もしていなかった事態だった。


風花は混乱しながらも、サルヴァトールとテオの攻撃をかわす。しかし、テオの剣技は一段と鋭く、彼女は完全に防戦一方に追い込まれてしまった。

一方、アレクセイとレナはサルヴァトールに対して奮闘していた。アレクセイの強力な剣技とレナの水系魔法は、サルヴァトールを一時的に抑え込むことに成功する。


だが、テオの攻撃は風花を圧倒していた。テオはかつての風花との訓練で得た知識を使い、彼女の動きを完全に読み取っていた。

「風花、しっかりしろ!」アレクセイが叫んだ。しかし、風花の心は乱れ、テオとの闘いに集中できていなかった。

風花は再度テオに斬り込むが、テオはそれを容易くかわし、反撃を繰り出した。風花はテオの剣からぎりぎりで避けたが、そのまま後ろに転倒してしまった。

テオは風花に迫るが、そのとき、突然強力な水流がテオを吹き飛ばした。「風花!」「レナ!」風花はレナの声を聞いた。レナがテオを押しとどめてくれたおかげで、風花は一時的に息をつくことができた。

だが、その一時も束の間、再びサルヴァトールとテオの攻撃が始まる。パーティーは再び窮地に立たされる。


サルヴァトールの一撃が風花をとらえようとした。その瞬間、アレクセイは風花をかばい怪我を負う。

風花はなぜと尋ねた。アレクセイ自身、その理由はわからなかった。ただ、助けたかったからだたと告げる。

そして彼は意識を失った。

風花はアレクセイの体を揺すり、彼の名前を呼んだ。しかし、アレクセイの体は冷たく、彼の顔は青白かった。彼女は彼の傷を見て、彼の血が自分の手についたのを見て、彼女は絶望感に襲われた。


しかし、彼女は涙を流さず、彼女は立ち上がった。彼女はアレクセイの傷を見て、彼の顔を見て、彼女は力強く言った。「アレクセイ、待ってて。私が助けるから。」

そんな中、レナが動き出した。「風花、アレクセイを任せて!」彼女は風花に告げ、彼女の魔法を使い始めた。

レナは、家族から受け継いだ水系の魔法を駆使し、アレクセイの怪我を癒すための力強い治療魔法を詠唱した。彼女の手から放たれる水の流れは、アレクセイの体を優しく包み込み、彼の傷を癒し始めた。

風花は感謝の念を込めてレナに微笑み、再びテオとサルヴァトールに立ち向かった。アレクセイを守るため、そして彼らが築き上げてきたもの全てを守るために。

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