第10話 人魚の掟
人魚は陸の生物に心を奪われてはいけない。
これは絶対に破ってはいけない人魚の掟だ。
破ったらその人魚は泡となって消えてしまい、また、その人魚の存在は心を奪った相手の中からも消える。
晴城は、一度は泡となって消えた人魚であった。
晴城は心を奪われたのだ。
陸の生物に。
吸血鬼に。
ただの一度。
空から海に落ちては沈みゆく吸血鬼を助けて砂浜へと連れて行くと、吸血衝動に苦しむ吸血鬼に血を飲んでもらった。
ただの一度。
甘すぎると言ってしかめっ面になった吸血鬼に、晴城が苦笑いしたその直後。
笑ったのだ。
とてもきれいに、はかなげに、とうとく。
吸血鬼は笑ったのだ。
断言できる。
世界で一番のとびっきりの笑顔だった。
『ふふっ。初めての吸血で、こんなに甘ったるい血に出会うなんて。もう。これから一生飲まなくても十分なくらい、濃厚だったわ』
ありがとう。さようなら。
回復した吸血鬼はそっけなく晴城から離れていった。
それっきり。
ただの一度だけ。
晴城は吸血鬼に出会えなかったが、この時のことを繰り返し繰り返し、何度も思い出しては、淡いため息を吐く日々が続いた。
心を奪われたのだ。
晴城は気づいていた。
短い時間しか接しておらず、名前さえ知らない吸血鬼に。
恋をしてしまったのだ。
陸の生物である吸血鬼に恋をしてしまい掟を破ったので、泡となって消えてしまったのだ。
(2023.5.18)
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