私、お料理得意だよ!


『ここは私の部屋なの!』

「俺が借りた部屋だ」

『認めない! ここは、だって私と先輩のっ!』

「アンタが変態とかどうでもいい」

『あらぬ誤解っ?!』



 話が平行線のまま、かれこれ30分。


「…………ふう」

『ぜえ、ぜえぜえ』


 この女、全く譲ろうとしない。俺の幻覚ならとっとと消えてほしいし妖怪のたぐいなら棲家を変えればいいだろうに。終わらせて飯を食って風呂に入りたいんだが。


 ……とはいえ、気になる事が出てきた。


「なあ」

『ぜえぜえ……何よ』

「アンタ、ここを出たらまさか行く所がないのか?」

『……幽霊になってからここを出た事なんてないもん。それに外に出れたってもう私に行く所なんて……』

「そうか、玄関はあっちだ」

『ねえ、何で質問したの? ねえ、ねえねえねえ私の話聞いてた? 聞いてくれてました?』


 動きがカクカクしてきた。こうしてみると確かにホラー映画に出てくるゴーストに見えなくもない。


「…………と、言いたいところだが」

『言う前に止めなさいよ!』

「少し休戦といかないか?」

『……え?』

「出て行ってほしいのはやまやまだが、アンタがここを出て路頭に迷うんなら寝覚めが悪い。それにここまで来たらアンタが納得するまで話を続けてもいい。だが、時間は有限だ」

『うん』


 お、話が通じたか。

 助かる。


「今日もバイト、講義に引っ越しと盛りだくさんで疲れてんだ。そして明日は更に忙しい予定だ、もう今日は飯を食って風呂に入って寝たい」

『……面倒くさいとか、その場しのぎじゃなくて?』

「いや、約束する」

『本当に?』

「嘘だ」

『即答?!』

「冗談だ」

『どっちが?!』


 ま、妖怪だろうがイマジナリーだろうが、悲しそうな顔をされたら放って置けねえよ。うちの家訓だしな。



「飯を食うから好きにしててくれ」

『あ、うん』


 何かやたらと大人しくなったな。さて、晩飯は簡単にインスタントラーメンとレトルトの白飯、総菜の餃子でいいか。今日は高くついたが仕方がない、明日からは米を炊いて冷凍保存しておくとしよう。


『……』


 レンジ使うのはもったいないな。もう一つ鍋を出して、と。レトルトの白飯ってどれだけ湯煎すりゃいいんだっけ?


『……、…………』

「おい、ちらちら見るな」


 後ろでウロウロされたら気が散るだろうが。

 

『それが今日のご飯なの?』

「ああ」

『私、お料理得意だよ!』

「そうなんか?」


 うわ、めっちゃドヤ顔。でも予想外だ。思ったよりまともでいいヤツなのかもしれないな。


『お手伝いしたいなあ、したいなあ~』

「じゃ、これを頼む。書いてある時間だけ湯煎してくれ」

『うん! わかった!』


 あ、しまった。

 ラーメンが噴きこぼれそうだ。



 ごとっ!



「よそ見してスマン、手元が狂った」

『……』

「そっぽ向いてないで拾ってくれたら助かる」

『あ、あはは……』

「……アンタ、まさかわざと落としたのか?」

『ち、違うよ! 受け取れないの忘れちゃってて!』

「気合いで受け取れ、この魑魅魍魎ちみもうりょうが!」

『近くて遠い?! あああ、ごめんなさい……』


 前言撤回。

 人間性以前の問題、とんだポンコツだった。

 

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