工作勇者と割れるセカイ

安室 作

第0話 少しだけ加速した世界




 ああ。もうあと10分しかない。

 どうしよう。口の中の牙を増やしたいのに。爪はこれでいい。翼もイメージ通り。しっぽとツノが違う。もっといい形がある気がする。どうしよう。ぜんぜん終わらないよ! 


 かちっ、かちっ、かちっ、かちっ。


 自分の中で秒針の音が鳴りだした。

 続いて息をしていることに意識が向く。すう、はあと深呼吸をして工作室の天井を見る。そこからゆっくり机に目を落としていっても、気持ちは少しも落ち着かない。焦るばかりだ。


 セロハンテープ。色ペン。ハサミ。完成までの時間。思い描いていた設計図と工程がぐるぐると混ざる。工作室の時計と、つまんだ透明の牙を何度往復させて見たって5時40分。いやすぐに5時41分になる。長い針が10に行くまで、児童館の閉まる前に完成させるには……


「ショウくん。そろそろ片付けだよ?」

「うるさい知ってる!」


 隣でアコがにこにこ笑っている。アコの自由帳は開いたままだけど色鉛筆はテーブルから消えていた。あんなにたくさん散らばっていた色鉛筆や消しゴム、いつ棚にしまったんだ?


「もう使わないならハサミ、持ってくね」

「勝手に手伝わないで! 絵を描き終わってるならあっち行け。アコが横から話してくるせいで遅くなるんだ!」

「声をかけるから遅くなる……あはは。遅いから声をかけたのかも?」

「楽しくないのに笑わなくていいだろッ!」

「それも逆。笑うから楽しくなるんだよ?」


 アコの変な癖、あべこべ言葉は相手にしない。笑う門にはなんとかかんとかって続く話も訳分かんないし、ムカツくおしゃべりが増えるだけ。なんで俺といる時だけ口答えばっかりするんだああもう!


 熱くなる頭をまぎらわすように、持っていた牙を竜の口に付け直した。あと一つ牙を作れば数は揃う。セロハンテープを小さく巻いて鋭くしてから、手乗りサイズの竜を掴み口の中の接着面にセットする……よし。牙はいい感じ。


 心に想像した形を設計図にして、それぞれをくっつけるのが大体終わった。

 自分の頷きにアコが勝手に反応して、目をきらきらさせている。


「かっこいいドラゴンだねえ。この翼で飛ぶの?」

「うん。しかも付け根のここ見て、動かせる」

「わあホントだ。風を受ける形……口からは火を吹く?」

「炎は出さない。咆哮竜だから」

「ほうこうりゅう?」

「威嚇するってこと」

「いかく?」

「遠くから吠えて敵の戦う気を無くしちゃうんだ。本当に強いなら、こんなに強いぞって教えてあげれば戦わずに済むでしょ?」

「だから大きな声で教えるんだね」

「そうだよ。後は色を塗って終わり」


 しっぽとツノの形を整えるのは後回しにして、色塗りの仕上げをしよう。口は赤、身体は黒、翼は根本と柔らかい部分で影ができるようにする。最初にこのドラゴンを考えた時から決めてたんだ。


 黒いペンを翼の骨に沿って走らせ、先端や薄い部分は軽くなぞる程度にする。アコが猫や犬の絵を描く時みたいに。毛の流れる感じ、前足と後ろ足で力の入っている所と柔らかい所に差をつける。そうすると動きの強さ弱さが出てくる。生きているように流れを作る……やり方は動物の絵でも、竜の模型でも変わらない。


 上半身まで難しいところは止まらずに塗れた。あとは足とかしっぽ……どう色を付けようか。首や両腕と同じまっくろでもカッコイイけど、赤やオレンジは火を吹くドラゴンみたいだしなあ。


「セロハンテープのままにしたら?」

「わざと色を塗らないで、透き通るように見せるの?」

「そう。透明だって色の一つだよ。ほら翼の付け根から黒で、だんだん色を薄くして塗るってショウくんの考えを活かそうよ」

「ううん……黒と透明か」

「ドラゴンっぽい色じゃない? 大丈夫。風を受ける形の翼、大きく開いた口の牙。ツノも爪もある……だから、どんな色だとしても叫び声をあげた瞬間の竜ってことは分かるもん」


 つまり翼だけじゃなく、全身に色の流れを作るってことだろ……他の誰かのアイデアなら違うってはっきり思うんだけど。アコの言う事だしなあ。

 さっきもドラゴンの翼の見て、風を受ける形ってオレのイメージを当ててた。こいつの描く絵のすごさは動物や植物はもちろん、人が荷物を持ってる重さやバウンドしたボールの弾みだって動いて見える所だ。


 だから模型を作るとき、動きに関することは聞くことにしてる。頭の中に作った設計図が書き換わると大抵はぐちゃぐちゃになるけど、アコの意見でダメになったことは一度もない。


「後は形を良くするか」


 それに時間もないし。

 仕上げをしてちょうど終わる時間だ。工作室も児童館も閉まる。こいつ、もしかして計算してたのか? 間に合わせるために。そんなことを考えていると、アコがにこにこした顔で、ハサミやペンを揃えながら言った。


「なんて名前?」

「いま決めようとしたところ! この竜は……」




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