可愛い後輩の為にできること

 きっと紀野は失恋で大きなダメージを負っているに違いない。

 彼女の好きなものを思い出して、慰める方法を探した。


 とりあえず、甘い物をあげれば元気になるよな?

 スムージー、タピオカ、いやクリーム、トッピングたっぷりのチョコモカとか?


 俺は果物がふんだんに使われているフルーツティが美味しそうだと思ったが、問題は……俺なんかと一緒に行ってくれるだろうか?


「そもそも俺が勝手に調べただけで、直接付き合っていた話をきいたわけじゃないし。いきなり『千石雪人のことは残念だったな』って言っても、『コイツ……何で知ってるの……?』って白い目で見られるのがオチだ。優しさからの行動なのに、どうしてそんな目に遭わないといけないんだ?」


 俺の親切心、返せコノヤロー。


 けど彼女を慰めてあげたいのも事実。

 落ち込んでいるのなら励ましてあげたい。

 早く元気になってもらいたい。


 ———なんて言っておきながら、出かけるキッカケがあって喜んでいる自分がいる。


 かのじょがショックで落ち込んでいる時に、俺ってやつは最低だなと自己嫌悪。


「俺なら、紀野を悲しませたりしないのに……」


 そういえば送ったメッセージに返信はなかった。


 既にキモいと思われてる?


 そうだよ、俺は紀野の恋愛事情を知らないていになっているのに「何でコイツ知ってるの?」だよな?


 しくったー! 失敗した! 情けない!


 俺って奴は……これだから詰めが甘いって言われるんだよ!

 しかも下心が透けて見えて、まさにヒキョーの斎藤。


 もう死にたい……俺ごときが何をしてるんだって話だよな。


 そもそも、千石雪人のようなイケメンと付き合っていた紀野が、俺みたいな底辺隠キャに慰められたところで何になるって話だ。


「先走ったー! しくじったー! 俺はもう………」


 ———いやいや、紀野はそんな奴じゃない。

 仮に俺の下心がバレバレだとしても、嫌な時はハッキリと嫌と言う奴だ。もしかしたら、友人からの好意として慰め会は受け取ってくれるかもしれない。


 ……ハッキリと嫌いと言われてもショックだけど。


 今までは仕方ない。けど、これからは好意を封印していこう。

 紀野と今のような関係を続ける為には、一線を守らなければならない。


 俺は決意を改めて学校へ行く為に、重たいドアを開けた。


 ▲ ▽ ▲ ▽


 学校に着いたが、いつのもコンビニに彼女の姿は見当たらなかった。

 もしかしたら休みの可能性もある。失恋で休むとか、思春期にはありがちな理由だ。


 あれ、よく考えたら俺も失恋したようなもんじゃね?


 好きだった紀野に彼氏がいて、その彼氏は浮気してパパになったけど。


 中学生の恋愛じゃねー! っていうか、千石雪人もたしか20歳前後だったよな? それでパパなんてすごくないか?


 すごいっていうか、俺には無理。やっぱちゃんと職について、ある程度金を稼げるようになって、社会経験を積んでからじゃないと。


『いや、千石雪人も紀野も、ちゃんと仕事をして稼いでるんだよな。俺みたいな普通の中学生とは訳が違うんだ』


 そう思うと、紀野との間に大きな溝がある気がして、悲しくなった。

 普段の距離が近いから気付かなかったけど、アイツは選ばれた雲の上の人間なんだ。


 校門に差し掛かった頃、靴箱の辺りで泣き叫ぶ声が聞こえた。

 どうやら千石雪人のファンらしい。彼女にとって悲報のスキャンダルに、見てくれも気にせずに泣き喚いていた。


「やっぱショックだよー! 凪ちゃーん、悲しいよ!」

「うんうん、そうだよね。好きな人が結婚なんて悲しいよね」


 あれ、紀野が慰めている。


 んん? 何で、逆じゃないのか?

 泣き喚いているのは紀野の友達の宇佐美うさみちゃん。

 彼女は知らないのか、紀野が千石雪人と付き合っていた事実を。


 友達だからって、全部を話しているわけじゃないのか。


 自分の感情を押し殺して、友達を慰める紀野は優しいな。そう思いながら横を突っ切っていると、俺の存在に気付いた紀野がハッと顔を上げた。


「斎藤先輩! あ、の!」

「え、紀野?」


 まさか声をかけられると思っていなかったので、慌てて返事をした。

 彼女もあたふたしながら、必死に何かを伝えようとしていた。


 大丈夫だ、紀野。

 お前の気持ちは分かっているから。


 俺は悟った顔付きで立ち去った。

 紀野、今は友達に付いててやれ。後で俺が死ぬほど愚痴を聞いてやるよ。


『………けど、思ったよりも元気そうで良かった』


 案外、そこまで好きじゃなかったのかもしれないな。


 そんな俺を見つめる紀野は、歯痒い気持ちを噛み締めながら、高鳴る心音を掴むかのようにキュッと胸元を握った。


「………宇佐美ちゃんも、本当に好きだったんだね」

「凪ちゃーん、そうなの! 大好きだったの! 千石くんのことを考えただけで胸が苦しくなったり、笑顔になれるほど好きだったの!」

「わかるよ、好きな気持ち。私も、もし好きな人に彼女が出来たりしたらショックだもん」


 その不安はずっと続くんだろうな。

 今もだけど、彼氏彼女になっても、結婚しても、好きな限りずっと続く気持ち。


『宇佐美ちゃん、ごめん……。元気付けてあげたい気持ちは本当なんだけど、今は』


 先輩の、あのメッセージの真意を聞きたくて仕方ない。


 何のつもりで送ったんだろう?

 どう思ってるんだろう?


 先輩は、私のこと……好きなのかな?


「凪ちゃん……? 大丈夫? 顔が真っ赤だよ?」

「え? え? そ、そんなこと!」


 慌てて両手で隠したけど、もう手遅れだった。

 どうしよう、好きが止まらない……。


 今度は泣いていた宇佐美ちゃんが、頭をヨシヨシして慰めてくれた。


「凪ちゃん、もしかして何かあった?」

「な、何もないよォー」


 それでもニヤニヤしながら聞いてくる宇佐美ちゃんの質問を、うまく回避することはできなかった。



 ———……★

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