第2話 そつない君の日常
「おーい、鼓星。今日昼飯どこで食べるよ?」
快晴の日和。授業終了のチャイムが鳴り終わるとほぼ同時に、俺の名前を呼ぶ大きな声がする。
教科書を鞄に仕舞いながら、声の方に顔を向ければ、予想通りの顔が二つ並んでいる。
「あー、今日は天気もいいし、中庭でいいんじゃないか」
「確かに、まだ暑くもなってないし、快晴だし、いいかもな」
「じゃあ、決まりだな。どうせ全員弁当だろ?さっさと行こう」
俺が、窓の外の陽光を眺めて、中庭で昼食を摂ることを提案すると、二人ともが、人でごった返す食堂よりも、春と夏の境目の麗らかな今の気候の中で食べる方がいいと思ったのか、即座に賛成する。
意見がまとまると、鞄から弁当包みを取り出し、席を立つ。そして、昼休みの喧騒が飛び交う教室を抜け、三人並びながら中庭へと、向かうのだった。
「ここでいいだろ」
中庭に設置されたベンチの一つの前で、足を止めると、腰を下ろす。そうすると、二人も倣うように並んで腰を下ろした。
俺たちの通う、和歌山県の私立高校『碧海高校』は校舎がロの様な形になっており、その四辺に囲まれたスペースが中庭として解放されている。ほどほどの自然のなかに、いくつかベンチが設置されており、天気が良く気温が極端でない季節は人気スポットの一つだ。
「いい天気だなー、おい」
俺の隣に座る、常に笑顔が絶えない長めの黒髪をセンター分けにした男が、青空を眺めて眩しそうに目を細めている。
この男の名前は、初島創(はつしまはじめ)。バスケ部に所属し、その長身と爽やかな人当たりの良さから、女子からの人気も高い(と噂)のいわゆるクラスのトップカーストに位置する人間である。
「ほんといい天気だな。この気温が年中続いてくれると、ありがたいんだが」
そして、もう一人。膝の上に乗せた弁当箱を開きながら、創の意見に穏やかな声で賛同する優男。
この男の名前は、那智修介。陽気に当てられたのか一つ欠伸をするが、そんな常人なら間抜けにも映る一幕も、この男だと随分と絵になる。
茶色に染め上げた頭髪が風に誘われてふわりと揺れ、乱れた髪に苦笑するだけで中庭にいた女子生徒の何人かが、軽い嬌声を上げた。
さらりとした髪に白い肌、整った目鼻立ち。王道のイケメンといった風体には、そんな言葉一つでは表せない華のようなものがあり、入学から二ヶ月ほどしか経っていない今も、すでに告白らしき呼び出しを受けているのを幾度も見た。
言わずもがな、創と並ぶトップカーストの中心人物だ。
「そしたら、夏も来なくて夏休みイベントが全滅するじゃねーか!なんなら俺は早く夏こい!暑くなれよ!くらいの気持ちだぜ」
「暑苦しいんだよ…お前は。某元テニスプレイヤーか?」
「暑いの字がちげーよ」
会話の中身は大して内容もなく、いかにも高校生のたわごとめいた雑談といったものなのに、耳を塞いで俺の位置から二人を見ると、乙女ゲームの一枚絵のように見えるのだから、不思議なものだ。
俺はその会話を尻目に手を合わせると、箸で卵焼きを口に放り込む。うん、今日も甘めでよく出来ている。
「そつない君、今日も手作り弁当?よくやるねえ…」
「ほんと、さすがはそつない君だな」
「今日もそつない、そつない、うるせえ!」
そして卵焼きをもぐもぐと咀嚼しながら、その絵になる二人に並ぶのは「そつない君」こと俺。宇久井鼓星(うくいつづみ)だ。
高くも低くもない身長。そして、長くも短くもないきっちりとセットした黒髪。顔は整っている方ではあると思うが、若干目つきが鋭いせいで初対面の人間と仲良くできる人生は歩んでこなかった。
特徴と言ったらその位。正直この二人と並ぶと住む世界が違うとまでは言わないが、間違いなく埋没する。
先ほどから呼ばれている「そつない君」というのが、その証拠だ。勉強も運動も優れてはいるものの、ずば抜けてはいない。
それ以外のことも、なんでも器用にこなすし、優れているとは言われるけれど、それ以上の言葉はもらえない。ミスター八十点男といったところだろうか。
狙ってやっているので、目論見通りだが。
そして、そんな俺の性質がクラスにも徐々に浸透してきた頃、初島創に「宇久井君って、なんでも卒なくこなすよなー」と言われた折、「ああ、そういえば俺の母方の苗字『卒内』だわ」と返した瞬間から、俺の高校三年間のあだ名は決定した。間違っちゃいないけど、気に入っているかはまた別。
平時は普通に名前で呼ばれるものの、こういった何気ない場面で「そつない君」と呼ばれることは多い。
なぜその俺がカーストトップ中のトップのグループに所属出来ているのかというと、それは涙ぐましい努力の結果と、そうする目的が多分にあったからだとだけ言っておく。
簡単に、高校デビューと言い換えてもいい。中学までの俺は、なんでも器用貧乏にこなせるのは今と同じだが、友達なんてろくにいない教室の隅で読書に耽る男だった。
口を開けば、そうやって本を読み漁ってつけた無駄な語彙で、皮肉と棘刺々しい言葉が飛び出すひねくれ者。それが宇久井鼓星という男だ。
正直今も取り繕っているだけで、創がセンター分けのことをセンターパートと言っているのが鼻について、嫌味を垂れ流したくて仕方ない。
そんな、宇久井鼓星という人間のひねくれた本質を『そつない君』というトップカーストに適応できる仮面で覆った状態が今の俺だ。
繰り返すが、俺はこの立ち位置を確保し続ける理由があってこうしているのだ。だから今日も俺はにこりと笑って、二人と何気ない会話をしながら昼休みを過ごすのだ。
「ふう、危ない、危ない」
昼食を食べ終え、俺は飲み物を自販機で買って帰るからと一旦二人と別行動をしていた。自販機に小銭を入れ缶コーヒーを買うと、先程の会話を思い出し、安堵の言葉を漏らす。
結局あの後、創が自分の髪型をセンターパーツと言い始め、限界が来て「なんだセンターパーツって!センター分けでいいだろうが!」と思いっきりツッコんでしまったのだ。 センターパートでもギリギリなのに、センターパーツってなんだ!大人しくセンター分けと言え!
ハッと気づいた頃にはもう言霊は出尽くしていたが、幸い修介は「確かにちょっと鼻につくよな」と乗っかって、創も「鼓星、厳しいーー」としかめっ面をしながらも、笑い飛ばしてくれていた。
だが、その後に「鼓星って、たまに、変なところで口悪くねー?」と言われたのだ、創も冗談の一環として言っている様だったし、修介の「それだけお前の鼻につく部分が多いんだよ」という返答で生まれた笑いによってたち消えたが、これが何度も続くと危ないことに違いはない。
缶コーヒーのプルタブを開けブラックコーヒーを流し込むと、その苦味でもう一度気を引き締め直す。
「まだ、一年生の一学期も終わってねーんだ。しっかりしろ、俺」
そうやってしっかり言葉にして、もう一度自分に戒めると、飲み干したコーヒーの缶をゴミ箱に少し乱暴に捨てた。
「おー、宇久井。ちょうどいい所にいた」
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なんでセンター分けをセンターパートって呼ぶんだろうね?そっちの方が語感がオシャレだから?
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