毒牙と白銀の銃

第35話 謁見

 謁見の日を迎え、朝から宮殿内は忙しく走り回る人たちが多い。


 それもそのはずエリン王国の王女が皇帝へ謁見を行うからだ。

 聡明で魔法に長けている王女はとても魅力を感じるが、肖像画通りの美しい女性だという。


 その日、アレクサンダーは王女としての装いに着替えようとしていた。


 クローゼットに用意されていた服を手に取り、自分が着替えを行うことには慣れている。


 これがエリン王国だったら侍女に任せているが、ここは誰も知らない侍女ばかりなので異なるのだ。


 侍女は着替えてから髪型や化粧を行うときまで呼ばないことにしているのだ。


 身に着けているのは濃紺の瞳に合わせた濃紺のベルベット地のジュストコールに似た上着に流行しているスカートより広がりの無いスカートを合わせている。


 その下には白いシャツに黒いズボンをはいて、腰には気づかれないようにサーベルをつけた。

 スカートは上着から外せるようになっており、戦うことになればスカートを外して戦うことになる。


 変声期を終えた首元を隠すためにクラヴァットと呼ばれる首飾りをつけ、そこには赤いバラを象ったブローチを留め具に使う。


「お似合いですわ」

「ありがとうございます。仕立人テーラーが喜びます」


 そして、髪も編み込みをして高い位置のポニーテールにし、瑠璃色のリボンで結われている。


 しっかりと化粧をかなり薄くしてもらい、それから魔法具のブレスレットをつけて歩いていく。

 隣にはエリン王国の護衛騎士団の正装に身を包んでいるルイーズの姿がある。


 髪を下のあたりで結っているが、その表情は少しだけ緊張しているようだ。


「それでは行きましょう」

「はい。殿下」


 それからルイーズのエスコートで奥宮を出て皇帝の謁見に使われる広間へと向かうことにした。


 そして、奥宮を出たときにエリン王国の外交官であるグレイヴ伯爵クラレンスが最敬礼をして広間へ向かう。


 そのなかで貴族たちはそれを見てざわめきを起こしながら、笑顔を振りまく王女を見て歓声を上げている。


 ルイーズは手を握りながら緊張しているのか、手足が震える感触が感じてきている。


「ルイーズ」

「申し訳ございません」

「大丈夫。前を見て、背筋を伸ばす」

「はい」

「お前なら大丈夫だ。俺も善処する」

「わかりました」


 そう言って彼も握り返して、彼女が笑顔になるとすぐに歩いていくことにした。


 実はアレクサンダーも緊張しているためか、いつものような鋭い感覚を研ぎ澄ますことができていない。


 それが次第に平常心を取り戻してきているが、そのなかで皇帝との初対面になるためか緊張は残っている。


 心の中で口上を諳んじている間に扉の前までやってきたのだ。


 その後に侍従が恭しく扉を開けて広間の方へと歩いていくのが見えた。


 一段上がったところに玉座に座る男性と奥に控えている少女の姿を見つめていたのだ。


 玉座に座るのは体格の良い男性で銀髪に紫色の瞳だが、二重に見える下には赤紫だということをアレクサンダーは感じ取っていた。

 彼の顔色はすでに悪そうでどこか体が悪いようだ。


 アレクサンダーは騎士の手を離し、すぐに彼の前でスカートをつかみ最敬礼を行った。

 その姿は成人前ながら一人の淑女だ。


「ルカ・アンドレア皇帝陛下、アンナ・ベアトリーチェ皇太子殿下。お初にお目にかかります。エリン王国第二王女アレクサンドラ・エレン・アーリントンと申します」

「噂はかねがね聞いているが、聡明で魔法に関してはかなりの腕前だと聞いている」


 その言葉を聞いてアレクサンダーは緊張の糸が張りつめているが、奥に控えているアンナはうなずいて相づちを打っている。


 その間にも謁見は滞りなく続いているが、ルイーズは聞いている間にも誰かが来るかを感じていた。

 騎士の装いをしている少年だが、美しい容姿をしているためかルカ・アンドレア帝は興味を示しているらしい。


(まずいな。これは……)


 アレクサンダーは後ろにいるグレイヴ伯爵に合図を出すこともできない。


 不審な様子を悟られないように気持ちを落ち着かせているが、アンナは少しだけ警戒しているような表情を見せているのがわかる。


「陛下。そろそろお時間でしょうか」

「皇太子も次の公務が控えているな。余も体が悪いがな、そろそろ終わろうか」

「そうですね。ありがとうございます」


 そのときだった。

 皇帝は不敵な笑みを浮かべながら、騎士の方に視線を向けて語り掛けた。


「さて、その後ろに控えている騎士は何と申す? 年の近い騎士を持てるということは相当優秀なはずだ」

「ええ。とても優秀ですが、まだお話するまでに上達しておりません」

「そうではないはずだ。お前の顔を見たことがあるぞ」


 ルイーズは動揺の色を見せずにうつむいていたが、意を決したのか皇帝の少し前で騎士の礼をする。


「お初にお目にかかります。私は――」


 そのときだった。

 広間の吹き抜け部分から暗殺者アサシンが飛び降りてきたのだった。


 そのままルイーズと対峙するような形で短剣を取り出しているのがわかった。

 それを見てルイーズは立ち上がって、剣をサーベルから抜いてアレクサンダーを背後に誘導する。


 アンナは護衛騎士のリカルドと共に走って広間の方へと駆け下りて行った。


 アレクサンダーはひそかに魔法具の目盛りを少し倍率を上げておく。

 攻撃などに魔力を消費する量を減らすペースを保つためだ。


 ルイーズの手前で皇帝は立ち止まり、彼女の方を向いていた。


「命乞いにきたのか?」

「まさかそのような考えはございません」

「お前が側妃になるにはあと二年くらいだ」

「それはできません」


 その言葉を聞いてからすぐに魔法の詠唱を始めようとしていた。

 その詠唱を聞いてアレクサンダーは咄嗟に結界と攻撃魔法を連続して発動させた。


 しかし、その前に何者かがルカ・アンドレア帝を囲うように結界が張られている。


「まさか……」


 後ろを見ると、そこには黒髪をひとつに結っている女性がそこにはいた。


 身に付けているのはアズマ国のキモノにブーツという姿。


 茶色の瞳は光が宿していない。


 そんな彼女を知っているからこそ、余計に動揺しているような姿を見ている。


「陛下の覇道を阻む者は許しません」


 アズマ国からの外交官サユリ・サイオンジはその言葉をうわ言のように呟いた。

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