第25話 夕焼け色の観覧車の中で

 ミラーハウス内でのクラウス先輩との攻防を無事?に切り抜けた私は、その後、後から来たヴィオリーチェやジャンくんと合流した。

 気が付けが日はすっかり傾いて夕暮れ時。空はオレンジ色に染まり出している。楽しい時間に名残惜しさはあるものの、そろそろ帰らないといけない時間が近づいてきていた。


「じゃあ、最後に観覧車に乗ろっか」


 そう提案したのはジャンくんで、遊園地のシンボルにもなっている巨大観覧車を指さした。

 さすがにのんびりと景色を眺められるのが売りの観覧車だ。カップルや親子連れにも人気があるアトラクションであるだけに、他の絶叫マシンたちのように乱暴に高速回転したり、あっちこっちに飛び回ったりはしないようである。私は心から安堵した…。

 そして、例によってどういう組み合わせで乗ろうか~となった時に、意外な人が意外な提案をしてきた。


「アルカシアはヴィオリーチェと話したいこともあるだろう。お前たち二人で乗ればいい」


「「「え?」」」


 私は勿論、ジャンくんとヴィオリーチェも同時に疑問符付きの声を上げた。

 クラウス先輩はそれでも全く気にする様子はなく、ちらりと私を見て不敵な笑みを浮かべていた。…こ、こいつ……。


「話って?何かあったのか?」


 ジャンくんが私とクラウス先輩の顔を不思議そうに交互に見るが、クラウス先輩はそれ以上説明するつもりはないようで、小さく肩を竦めるだけで彼の問いに答えない。


「えーっと。まぁ、それじゃあお言葉に甘えちゃおうかな!!!」


 私もこれ以上ジャンくんに突っ込まれるのも困ってしまうし、ヴィオリーチェと一緒に観覧車に乗れるのは普通に嬉しいのでご提案に乗っかっちゃうことにした。


「いや、さすがに観覧車に男二人で乗るは寂しいというか悲しいんだけど!?」


 ジャンくんの抗議と悲痛な叫びを私とクラウス先輩は華麗に無視スルーして、ヴィオリーチェだけは少し申し訳なさそうな顔はしていたものの、違う組み合わせで乗ろうという提案はしないまま、私とヴィオリーチェ、ジャンくんとクラウス先輩で観覧車に乗ることになった。


 そうして乗り込んだ観覧車のゴンドラで、私とヴィオリーチェは対面の座席に腰を下ろして向かい合って座った。

 観覧車は景色を楽しむアトラクションだから、視線を横に逸らせば、段々と下に降りて行くように見える遊園地の景色を楽しむことが出来る。けれど、折角ヴィオリーチェを正面から眺められる機会だと思うと、何だかもったいない気もしてしまって、私はついついヴィオリーチェを見つめてしまっていた。


 ゆっくりと上がっていく観覧車の中で、私とヴィオリーチェは色んな話をした。

 まずは、先ほどのクラウスの話について。ミラーハウスの中でクラウスに何を企んでいるのか問い詰められたこと、転生のことやら(BLのことやら)何やらを誤魔化すためについつい学園No1の魔法使いになることを目指しているから…とクラウスのことも打ち倒すべき相手だと宣戦布告したみたいになってしまったこと等等…。


「わたくしの態度のせいで誤解されてしまったり、その尻ぬぐいをさせてしまってごめんなさいね…」


「いやいや、このお出かけを提案したのは私だし!ヴィオリーチェのせいじゃないって。」


「……でも、クラウスからも魔法を教えて貰えるって言うのは悪いことではないかも知れませんわね。原作のゲームでもクラウスから魔法を教えて貰うイベントは能力値の上昇値が高めだった気がしますし…」


「ただ、クラウスに魔法を教えて貰うイベントってかなり好感度が高くなってから起きるやつだったよね?私、正直クラウス先輩の好感度上げとかしてないし、嫌われてはいないにしても好かれてることもないと思うんだけどなぁ……」


「……原作はゲームとは言え、今はプログラム上の数字だけの感情ではないってことかも知れませんわね…。単純な好感度だけはなくて、…対抗意識とか、アルカに対しての興味とか…色んな感情が積み重なって、ゲームでは高い好感度じゃないと起こらないイベントが起こった…とか」


「…そうだね。ちょっと怖い気持ちはあるけど、折角の機会だし…クラウス先輩から教えて貰うのも頑張ってみる。ヴィオリーチェに基礎は鍛えて貰ってるんだし…!」


「ええ。それに、何か困ったことがあったらすぐに教えて下さいませね」


「うんっ、勿論!頼りにしてるんだから!」


 そんな風に話しているといつの間にかゴンドラは天辺近くまで上がって来ていた。ヴィオリーチェは窓の外へ視線を向け、遠くに見える景色や小さく見える人々に、何だか不思議な気持ちですわねと楽しそうに微笑んでいる。

 夕日に照らされたヴィオリーチェの横顔が、何だかとても儚く美しく見えて、私はちょっとドキっとしてしまった。


「————わたくしね、自分がこんな風に友達と一緒に遊園地で遊ぶことが出来るなんて、想像したこともありませんでしたの」


 ヴィオリーチェは顔をこちらには向けないまま、何処か照れ臭そうにそう言葉を続ける。


「貴女と、それからジャンやクラウスにも本当に感謝していますのよ。今日は、本当に、本当に楽しかった」


「…………」


 私まで何だか感極まってしまって、うまく言葉が出て来なかった。

 それでも、私も何か言わなきゃ、伝えなきゃって気持ちだけが募ってしまって、私は静かに立ち上がると、ヴィオリーチェの隣の席に腰を下ろした。


「アルカ?」


 ゴンドラの中は広くはないから、隣に座ると肩がぴったりくっ付いてしまうくらいの近い距離だ。

 私は勢いでつい隣に座ってしまったけれど、今更気恥ずかしくなってしまった。

 こんなにくっついて居たら、息遣いや心臓の音まで伝わってしまいそうだ…。

 ヴィオリーチェがこちらを見たのが分かったけれど、私は彼女の顔が見られない。

 でも、顔を見なければ言葉だけは口から出てきた。


「…私も、すごーくすごーく楽しかった」


 私より少しだけ背が高いヴィオリーチェの肩にもたれ掛るように、私は頭を寄せた。

 夕焼けに照らされたロマンチックな雰囲気に、私は酔っていたのかも知れない。

 普段だったら考えられないくらい、大胆なことをしてしまった…!


「…ほんとはね、とにかくヴィオリーチェに楽しんで貰いたい!って思っていたんだけど…結局自分の方が楽しんじゃった」


 照れ隠しするみたいに私は笑った。


「…アルカ」


 ヴィオリーチェは私の名前を優しい声で呼んだかと思うと、そっと私の手を握った。


「わ」


 私は驚いて、咄嗟にヴィオリーチェの顔を見てしまったのだけど、今度はヴィオリーチェがそっぽ向くように窓の外を見ていて、その耳がちょっと赤く染まっている。


「………ヴィオリーチェ」


 それに気付いた私は、自分の気恥ずかしさよりも嬉しさが勝ってしまって、私の手を握っている柔らかなヴィオリーチェの手を、私からもぎゅっと握り返した。







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