「俺も混ぜてよ〜」と百合の間に挟まろうとして成敗される男に転生した俺は、尊き百合を守るべく全力でヒロインに嫌われようとするも、なぜかヒロインに好かれてしまう
北川ニキタ
―01― 俺も混ぜてよ〜
俺は三度の飯より百合が好きだ。
新作の百合漫画や百合小説がでたら必ず購入するし、お気に入りの百合モノは何度だって読み返す。
百合は世界を平和にすると本気で思っているし、てかこの世から男がいなくなればいいのにって常々思っている。
さて、百合好きには、もっとも許せないものが存在する。
それは、百合の間に挟まろうとする男だ。
女の子同士がキャッキャウフフしているところに『俺も混ぜよ~w』とか言って、男が間に割り込んでくる、アレだ。
もし、そんな男が目の前に現れたとき、この拳で成敗してやろうと俺は日々筋トレを積んでいたが、嬉しいことにそんな機会は今日まで訪れていない。
今日も世界は平和だった。
『ピンポーン』
と、チャイムが鳴った。
どうやら誰か来たようだ。
目を開けながらよっこらせとベッドから体を起こし気がつく。
あれ? 知らない部屋だ。
眼の前に広がっていたのは小綺麗なワンルーム。俺の部屋には、もっとこう筋トレグッズとか置いてあって汚かったはず。
『ピンポーン』
と、もう一度チャイムが。
やべっ、どうやら待たせてしまっているらしい。
とりあえず扉を開けては用件を済ませないと迷惑がかかる。部屋の内装が変わっている理由について考えるのは後からでいいや、と玄関に行き扉を開けた。
「すみません、おまたせして……」
「遅いわ、ハル。外寒いんだから早くしてよ」
え?
思考が停止する。
てっきり宅配だと思って扉を開けたせいで、びっくりしてしまった。
だって、目の前に見覚えのない女子高生が立っていたのだから。
しかも絵に描いたような絶世の美少女。
くっきりとした鼻筋に大きな瞳。髮はさらさらとつややかで、花のようないい匂いがしそう。腰が細く、スタイルも最高。多分、世の男性すべてを虜にするんじゃないかってぐらい完璧な見た目の少女だ。
こんな美少女とお知り合いなはずだったら忘れるはずがない。
一体どこで……。
「あっ!」
いや、俺はこの女の子を知っている。
俺が愛してやまない百合漫画『恋してやまない』のヒロイン、柊(ひいらぎ)香澄(かすみ)。
「柊香澄だよな?」
「そうだけど、突然どうかしたの? もしてして、まだ寝ぼけているの?」
少しキツめな言い方。やっぱり柊香澄だ。
「悪い、すぐ準備するから玄関で待っていてくれ」
そう言って、俺は部屋に戻っては鏡を真っ先に確認する。
そこに写っていたのは自分の顔ではなかった。金色に染めた髮といい耳についているピアスといい随分とチャラい見た目だ。
この顔、小田切(おだきり)春樹(ハルキ)のものだ。
小田切春樹も百合漫画『恋してやまない』の登場人物で、彼はとあることで知られている。
この男、百合の間に挟まろうとして成敗されるのだ。
どうやら俺は百合漫画において、もっとも忌み嫌われている存在に転生してしまったらしい。
◆
百合漫画『恋してやまない』には、二人のヒロインが登場する。
柊香澄と音羽(おとは)結衣(ゆい)。
柊香澄はクールでハキハキと物事を主張するタイプ。勉強もスポーツもできる完璧な才女。
音羽結衣は明るくて少し天然。クラのスムードメーカーでもあり、コミュ力が高く友達が多い。勉強は少し苦手。
性格の異なる二人が次第に惹かれ合っていくというのが、百合漫画『恋してやまない』のストーリーの大筋。
俺は何度も読み返したから物語を詳細に思い出せる。
最初のほうのあらすじはこんな感じ。
高校二年生の音羽結衣にはある悩みがあった。
友達もたくさんいて何事にも一生懸命取り組んでいるのに、どこか心の中が満たされない。なにをやっても空虚に感じてしまう。
そんなある日、図書委員の仕事で柊香澄と知り合うのだ。
香澄は勉強もできてスポーツもできて彼氏までいる。彼女のように充実していれば、こんな悩みとは無縁だろうと結衣は思っていた。
「いいな、柊さんは。なんでもできる上に彼氏までいるんでしょ。毎日が楽しそうで」
作業に飽きた結衣は香澄にそんなことを言う。
その言葉には嫉妬が混じっていた。
「別に、そんなことはないわよ」
涼しい顔で香澄は否定した。
「えー、嘘だー。わたしさ、ずっと悩んでいてさー。毎日退屈だなー、なにか刺激がほしいなーって。生まれてこの方、なにかに熱中したことがなくて。わたしも柊さんみたいに彼氏作ればいいのかなー」
「残念だけど、彼氏を作ってもなにも満たされないわよ。私もあなたみたいに悩んでいたから、退屈しのぎに彼氏を作ってみたけど、まったく心が満たされなかった。だから、彼氏を作ることはおすすめしないわ」
「へー、そうなんだ」
それから二人は黙々と作業を再開して、数分後、香澄がある提案をする。
「ねぇ、試しに私たちでつきあってみるってのはどうかしら?」
「えっと、でも柊さんには彼氏がいるんじゃ」
「むしろ、そのほうが刺激的じゃない」
そう言って、香澄は蠱惑的な笑みを浮かべる。
それを見て、結衣は「確かに、おもしろそうかも」と思った。
「いいよ。試しにつきあうぐらい」
それから二人の秘密の関係が始まる。
そして、最初はお互い本気じゃなかったのに、話が進むにつれ徐々に本気になっていく――。
ふーっ、やっぱり百合漫画って最高だなぁ。
二人の複雑な関係は読んでいて胸がドキドキする。
「ねぇ、ハル。さっきからニヤニヤしてどうしたの? 少し気持ち悪いわよ」
やべっ。
慌てて表情を固くする。
先を歩いている柊香澄が振り返っては怪訝な表情をしていた。
今の俺は柊香澄の彼氏、小田切春樹だった。
一応恋人だからと朝、柊香澄が迎えにきては二人で登校している最中だった。つい、脳内で百合を妄想してニヤニヤしてしまった。引き締めなくては。
「なぁ、柊さん」
「随分と他人行儀ね。私たち、恋人よね?」
「あ、いや、言い間違え。香澄だよな、香澄」
やばい、前世が陰キャだっただけに女の子を呼び捨てにしたことがないから、ついさん付けで呼んでしまった。
今の俺は百合の挟まろうとして成敗される男、小田切春樹なんだ。
「その、香澄、委員会の仕事ってどうなった?」
「図書委員の仕事のこと?」
「そ、そう。図書委員のことだけど」
「どうって、別にどうってことないけど」
失敗した! すでに、香澄が結衣と秘密の関係が始まっているかどうか聞きたかっただけなのに。百合好きとして、二人の関係の親交度が気になる!
とはいえ、直接結衣の名前を出すわけにもいかない。
小田切春樹が二人の関係に気がつくのは、物語の中盤。
さっきスマホを見たとき、まだ5月だったので委員会の仕事が始まったばかりで二人の関係が始まったかどうかの境目だと思うけど。
「その、委員会の仕事は順調かなーって気になったんだけど」
「あなた、今朝から少しおかしいわね」
「え!? そんなことないと思うけど」
「なんか雰囲気がいつもと違うような」
「いや、気のせいだと思います……」
「……まぁいいけど」
そう言って、香澄は興味を失ったとばかりに前を歩く。
よ、よかったー。
実は中身が入れ替わってますなんてバレるわけにもいかないし。なんとしてでも、柊香澄を演じなくては。
結局、香澄と結衣の関係はわからずじまいだった。
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