第30話 痛み


「――ここにいた魔王軍の幹部は俺が倒した。4魔凶選の一人だった。これで4魔凶選はあと一人だな」


「!? 4魔凶選をたった一人で!?」


「ああ。俺史上最も手強い相手だった。あそこにいる女がそうだ――人間、だがな」


「人間が、4魔凶選!? そんなことが、いや、でも亡骸から漂禍々しい魔力は以前がスキン達と倒した4魔凶選と同等、いや、それ以上の密度と量をしてる――」


 よし、高密度の情報のインパクトと勢いで押し切れそうだ。あとは自然にこの場を去るだけ。


「全く骨が折れたぜ。物理的に何本も。さて、まだ外にも魔物は残ってるだろうし片付けてこないと――」


「もう外に魔物は残っていません」


「何」


「私が全て排除しました」


「……」


 確かに、聖杖の持ち主のみ使える長射程広範囲の敵を殲滅する光魔法【オールレンジレーザー】なら短時間で完璧に敵を排除することは可能だ。アリアは嘘は言っていない。


 ならば別の理由でこの場を離脱するのみ。


「ありがとう。助かった――ぐっ! 戦闘で負った体の傷が痛む! これは早く家に帰って養生しないと大変なことに――」


「セイントヒール」


 アリアがセイントウェポンの持ち主のみか使える聖魔法セイントヒールを発動する。俺の怪我は一瞬で完膚なきまでに癒やされた。体が痛いどころか戦う前より調子がいい。やはり補助魔法は聖剣より聖杖が効果が高く設定されてるな。その分火力は聖剣の方が出るけど。


 ……しかし、まさかアリアが俺の怪我を治してくれるとは思いもしなかった。嬉しい……が、お陰で離脱の言い訳が潰えてしまったのも事実。もうこれ以上何も思いつかない。


「……もう、痛くないですか?」


「あ、ああ。流石アリアだな。戦う前より調子がいいくらいだ」


 アリアが俺を心配してくれている。もしかして許してくれたのでは――


「良かった……。その、お礼ですから。私の代わりに戦ってくれたお礼。勘違いしないでください。まだ、許した訳じゃないですからね……」


 ……。


 そりゃ、そうだよな……。


「……分かってるよ。俺の顔なんてこれ以上見たくないだろ。じゃあな……」


「ま、待ってください!」


「うおっ!」


 アリアの脇を通り過ぎようとした俺の服の裾をアリアがギュッと引っ張る。アリアは見た目こそ小柄で非力そうな少女だが、常時聖杖の加護を受けているためそこらの大人なんかよりも余程力強い。そのアリアが思い切り俺の服を引っ張ったため、不意を突かれたこともあって俺はバランスを崩す。咄嗟に壁に両手を付いてバランスを取るが、すぐにしまったと思った。壁と俺の間には、アリア。アリアを挟んで壁に両手をついたこの姿勢はまるで俺がアリアを襲っているかのよう。それに、あの時の体勢と酷似している。俺がアリアを襲ったあの時の体勢と。


「ひっ! いやぁあああっ!」


「がっ!」


 聖女の力をフルに発揮した聖杖による遠慮のない打撃が俺の頭部に叩きつけられる。俺は馬車にでも跳ねられたように吹っ飛び頭から壁に激突した。血が、夥しく流れる。視界が、霞む。だから、聖剣を握る。


「セイント・ヒール」


 体の痛みは一瞬でなくなった。でも心の痛みまでは消えてくれない。


 もう俺たちの関係は、セイント・ヒールでも修復できないほどに、取り返しのつかないほどに壊れてしまっている。それを再確認した。俺はアリアをせめて安心させるため、笑って、別れを告げた。


「ごめん。もう二度と会わない」


 俺はその場をあとにした。アリアはもう引き止めなかった。



「……この破壊痕に未だ流れる邪悪な魔力の痕跡。かなり強力な敵だったみたい。多分、負ける可能性もあったはず。私でも、危なかったかもしれない。……これって、私のため?」


 置き去りにされた部屋の中でアリアは戦闘の痕跡を見つめる。どんな魔力を籠めればこうなるのか、斜めに抉られた地面の底が見えない。まるで、聖剣で全力の一撃を放ったかのような、しかし聖剣とは決定的に異なる禍々しい魔力の痕跡が残る壮絶な大地の傷跡。アリアはいつの間にか腕に鳥肌が立っていることに気付く。この攻撃、自分なら防げる、あるいは回避できるだろうか? ……万全の状態なら可能ではあるが、戦闘中に不意をつかれたらどうか。態勢を崩されたら? 大技を放った直後の隙を狙われたら? 

 ……正直、アリアはこの攻撃を放ったであろう魔族と戦って絶対に勝てるという自信がなかった。


「……また、守られちゃったな。なのに、マルス、なんであんなことしたの。私、あなたを信じたいのに信じられない。私はあなたを恨んでいるの? 許したいの? 遠ざけたいの? 歩み寄りたいの? 憎いの? 殺したいの? それとも――また、愛したいの? 昔みたいに。分からない。分からないよ。本当のこと話してくれないともう私には何も分からないよぉ……ひっく、マルスうぅ……」  


 置き去りにされた部屋の中でアリアは蹲り泣く。その姿に聖女らしさはまるでない。捨てられた子供のようにアリアは泣き続ける。







 西区。

 ホライゾン前。

 俺は無理矢理振り切ったアリアの別れ際の表情を思い出していた。今にも泣き出しそうな、悲しそうな表情。本当にこれで良かったのか?


(……いつか、アリアに本当のことを話せる日がくるといいな)


「ま、マルス! 無事だったんです、ね……」


 ホライゾンからホリィが飛び出してくる。だが、その言葉の勢いは俺に近づくにつれて失せていく。俺は心配をかけないように笑いかけるも、俺の前で立ち止まったホリィは言った。


「なにが、あったんですか? 元気が、ないですけど」


「……参ったな。お見通しか。ホリィに隠し事はできないな」


「魔族がそれほど強かったのですか?」


「いや、強かったけど、俺の敵じゃないよ。俺は最強で無敵なんだ。負けるはずないだろ。ほら、これ、収穫物だ」


 俺は聖剣から王魔剣ゼノンロードを取り出してホリィに見せる。聖剣にも匹敵する極大の存在感と魔力を放つゼノンロードを、ホリィは震えながら指さす。


「そ、それ、は……」


「王魔剣ゼノンロード――魔王の剣さ。戦力大幅アップだ。聖剣が使えなくてもこれさえあれば大抵の敵は倒せる。それに敵の戦力も大幅に削げた。一石二鳥さ」


「元気がない理由はそれと関係があるんですか」


「いや――そうだな。話すより記憶の追想を使った方が早いか。ホリィ。俺の記憶を読み取ってくれ」


「いいんですか?」


「ああ」


「じゃあ、失礼します。記憶の追想」


 今日会ったことを順番に頭に思い浮かべる。ホリィはそれを全て読み取る。


 俺の記憶を全て読み取った後、ホリィが真っ先に気にしたのはアリアのことだった。


「なるほど、こんなことが……アリア、大丈夫でしょうか。あの子、メンタル弱いから心配です」


「……俺が関わってもアリアな余計な負荷をかけるだけだからな。極力関わらない方がいいんだ」


「……頭がおかしくなっていた少し前のマルスならともかく、今のマルスならきっと話し合えれば分かり合えるますよ」


「でも肝心なことを話せないから結局不信を招くだけなんだ」


「諦めたらいけません。誠意を、思いを伝えることは出来るはずです。マルス、逃げちゃだめです。勇気を出してアリアと向き合って下さい。あえて断言しますが、アリアもきっとそれを望んでいます」


「ホリィ……」


「ね?」


「……ああ。いつまでも逃げてちゃ駄目だ。アリアと、俺の罪と向き合わないと」


「ふふ、それでこそマルスです」


 ホリィの言う通りだ。俺はただ逃げていただけだった。自分から、アリアから。次、アリアに合ったら逃げずに話をしよう。俺はそう決意した。


「しかし、凄い強敵でしたね。マルス、よくあんな化け物をたった一人で倒せましたね」


「当然だ――と言いたいところだが今回ばかりは運に、そしてシエスタに救われた。死んでもおかしくなかった。魔王はあれより強いんだろうな。……勝てるかどうか、正直、分からない」


「マルス……」


「だが、戦う必要もないかもしれない」


「え?」


「黒騎士の最後の言葉。信じてみる価値があると俺は思う。戦う前に話をしてみたい」


「信じるに足る証拠があるのですか?」


「ゼノンロードの剣の記憶を読み取った。もちろん、前の持ち主である魔王のことをゼノンロードは記憶していた。そして、確信した――確かに魔王とは話す価値がある。戦う前にな。もしかしたら人魔戦争を止められるかもしれない」


「マルス、あなたは――」


「ああ」


 俺は最後まで聞かずホリィに頷いた。


「俺は魔王に会いに行く」

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