第2話 糖失


「い、いやです!あなたのような頭のイカれた性欲の化け物と床を共にするくらいなら死んだ方がマシです!」


 グリモワール王国に帰還した俺は、死の迷宮クリアの報告を行うため冒険者ギルドを訪れた。そこでばったりアリア……と旧パーティメンバーと再開した。俺は運命的なものを感じたのでアリアに熱烈な夜のお誘いをかけた。が、何故か手酷く断られた。俺も手酷いショックを受けた。納得行かないのでアリアに道理を説いてみる。


「が、ガーン……。なぜだ。俺はお前の夫だぞ。つまりお前を抱く権利の所有者だ。いやお前の所有者だ。俺の物だろお前は。俺に笑顔で股開くのがお前の役目だろ。違うか?」


「違います!」


「おいマルス、ちょっとこっち向けや」


「ガスキン。俺たちは今夫婦で話し合ってるんだ。部外者は黙ってろばっ!?」


 俺は殴られた。何故だ。邪心を感じなかった。聖剣は時々こういうミスをする。特に元パーティメンバーはよく聖剣の邪心センサーを掻い潜ってくる。心の距離が近すぎると上手く働かないのかもしれないな。聖剣も俺ではないのだから何もかも完璧にという訳にはいかないのだろう。


「俺はアリアの夫だ。妻の侮辱は決して許さない。例え人類最強のお前が相手でもな!」


「ガスキン……ありがとうございます」


「おいアリア何でガスキンに礼言ってんだ。ガスキンはお前の夫を殴ったんだぞ。先に俺を心配するのが道理だろ」


「おいマルスいい加減にしろよ。お前が頭おかしいから俺たちは聖剣抜きで魔王軍と戦う羽目になってんだぞ。ちったぁまともになれよ。昔みたいに」


「あんたなんかさっさと死ねばいいのよ。そしたら聖剣の所有権が他の人に移るわ。きっとブレイドが次の聖剣の使い手ね。きっと聖剣もあんたみたいな異常者なんかとはさっさと離れたいって思ってるわよ。そりゃ昔は凄かったけどさ。今は、ね。別の意味で凄いわ」


「おい、マナ、例え事実だとしても世の中には言っていいことと悪いことがあるんだぞ。ま、今のは別に言っていいことだけど」


 元パーティメンバーたちが俺を弾劾する。俺に次ぐ剣の使い手のブレイド、


 俺に次ぐ魔術の使い手のマナ、どいつも人類最高峰の実力者。魔王討伐を目指す勇者パーティに相応しい人材だ。俺の誇らしい仲間たちだ。昔の、だが。


「おいマルス。なにか言ってみろよ」


「……お前ら全員スライム風呂に沈めてやるよ。別にやって出来ないことはない。伝手もあるし能力を聖剣でこそぎ落とせば見目麗しい外見だけ残るしな。ふふ、マナ。アリア程ではないがお前も美人だ。身内のよしみで仕事に慣れるまで客として通ってやる。お前らから奉仕を受ける日を楽しみにしてるよ。ブレイドはスライム風呂の材料だ。お前は文字通りに、物理的に沈めてやる」


「ひぃっ!?」


「おいマルス俺が悪かった。土下座でもなんでもするから機嫌直してくださいお願いします」


「冗談だ。超善人の俺が友人をスライム風呂に沈める訳ないだろ。大体、俺にはアリアがいる。浮気はしない。俺はそういう男。な、アリア! 俺の愛する妻」


 俺は満面の笑顔でアリアに振り向く。アリアは泣いていた。


 寒寒しい風が俺の心を吹きつける。俺は現実を思い出した。


「う……ううぅ。どうして聖剣がこんな人の手に」


「泣くなアリア。お前は俺が守る。そしてマルスをいつか必ず改心させてみせる。昔みたいに……」


「……お似合いだよお前ら。俺、帰る。王様にクエスト達成の報告しなきゃいけなかったんだった。じゃあな。あと、俺はまともだよ今も昔も変わらずな」


「いや、それは」


「じゃあな……」


 俺は昔の仲間たちに背を向け手をぷらぷらと振る。あいつらと仲間だった時間はとっくに終わって俺は一人。俺と一緒にきてくれと告白したアリアはガスキンを選び、俺は一人。


 俺は今日も一人で歩く。終わりのない人生を終末に向かって。心の痛みをこらえながら。


「そういえば、ホリィがいなかったな」


 ホリィ・マクダフ。職業は僧侶。性別は女性。俺とアリアに次ぐ世界最高峰の聖術の使い手で、魔王討伐隊の頼れる後衛だ。

 ただ、聖女のアリアに可能で僧侶のホリィに不可能なことは1つしかなく、その1つも俺がいなければ十全に効果を発揮しない。俺がいなくなったあと討伐隊で役割を持てるのか不安視していたが、特に隊から除名させられることもなく同行しているのをよく見かけた。なので俺の心配は杞憂だと安堵していたのだが、まさかとうとうホリィのやつ追い出されて……いや、普通に別行動しているだけだろう。ブレイドやマナもたまに欠員してたりするし。ガスキンとアリアは常にペアだがな。殺すか? ……いや、やめとこう。


 ホリィとは魔王討伐隊を結成する前からのパーティメンバーで、俺とは気が合い一番仲が良かった。それだけにアリアを強姦したときの糾弾は一番激しく、頬を激しく打たれた痛みは今なお鮮明に覚えている。何となく頬に手を当ててみる。その行為だけで、今でも容易にあの日の記憶がフラッシュバックする。


 ――失望しました。この、裏切者ッ!


 涙ながらに叫ぶホリィの怒りではなく悲しみに満ちた表情と、じんじんと熱を帯びた薄まらない頬の痛み。どんな、記憶よりも俺を苛む、取り返しのつかない過ちへの罰。あの日のホリィの表情を思い出す度に、胸がズキリと痛む。心が、冷たくなる――。


「――また、死にたくなってきたな……」


 心を落ち着けないと。沈んだ気分をフラットしないと本当に自殺してしまいそうだ。自分でも不思議だ。何故、ホリィのことを考えるとこんなにも胸が締め付けられるのだろうか?


 王城はまだ遠い。だが、一日で歩いていける距離。報告の期日は明日だし時間にはまだまだ余裕がある。少しくらい無駄遣いしても問題あるまい。


「【ロイヤルミルクBAR】にでも寄ってくか」


 とびきり美味いものを食えば少しは気分転換にでもなるだろう。俺は顔馴染みのマスターが営む行きつけの飲食店へと重い足を運ぶ。


 頬には未だ、あの日、ホリィに平手で打たれたときの痛みが、燦然と残っていた。




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