第9話『ゾンビアタック』3/3

 一樹たちは、逃げるという選択肢をどういうわけか、考えつけなかった。それは経験が少ないからこその判断であったのかもしれない。

 動きだけでなく、見た目も距離が縮むほど詳細がわかってきた。


 目が赤く、しかも光っている。さらにかなりの長身で二メートルは超えているであろう体格だ。

 なぜか黒いズボンに黒いシャツを着ており、貴族の装いのようにも見える。その服の下に隠されている筋肉がシャツを弾けんばかりに膨らんでいるのがわかる。


 白髪の頭はオールバックにして、後ろで結んでいる。


 よく見ると、左手に何か人の首根っこを掴んで引きずっているようにも見える。なんなんだと警戒感がさらに増す。


 あの紅い両目は一樹たちを捕らえており、逃す気など毛頭もないようにも見える。蛇に睨まれた蛙のような気がした。


 奴は何を思ったのか、引きずっていた人の肩口に食らいつき、一瞬にして何かを一気に吸い込むと、人は骨と皮だけになってしまう。


 不要になったのかそのまま投げ捨てると突然、紅目が一樹の目の前に立つ。なんたる間合いの詰めかただろうか、瞬間移動といっても不思議ではない。


「グハッ!」


 あの距離を瞬時に移動して、一樹の左胸に手刀を突き刺して引き抜いた。

 おびたたしい血が吹き出すと、脳内で一瞬にして「何か」が弾けた。


「一樹!」


 モグーの叫ぶ声と、モグーだけは絶対にやらせはしないとの強い思いが、視界を赤く染める。


 目の前にいた男は、顔をしかめて声を出した。見た目と異なりやや甲高い声の持ち主だ。

 

「何奴!」


 一樹の様子を見て危機を感じたのか、敵は顔を歪めながらも一気に距離をとりだすものの、すでに左腕を肩から失う。

 一樹は、敵の腕を根本から短剣で切り裂き、一瞬にして奪っていた。

 脳内の奥底から「吸え」という声の誘いに従い、一樹は切り口に口を当てて一気に吸い込む。


 ――なんだこれは!


 脳天を突き抜けるような爽快感と、まるで炭酸飲料を飲み干すような刺激が喉奥を鳴らす。

 爽やかすぎる爽快感は、晴天の中で空に向かい顔をあげて、黒い炭酸飲料を飲み干していくような感覚に近い。


 ――脳ミソがスパークするぞ!


 手元にあった腕は骨と皮だけになり、すておく。

 手刀で貫かれたはずの胸は、熱した鉄板に水を垂らすかのようにじゅうじゅうと音をたてながら再生してしまう。『ポショ』での再生とはまるで動きが異なる。


 先の美味さは一樹の脳に響き、心の奥底から思わず声が出てしまう。

 

「脳がうめー!」


 どこか相手は後退りし始めたのを一樹は見逃さない。瞬間移動のごとく、敵の背後まで追い越し、すぐさま短剣で首を難なく切り落とした。感触としてはバナナを包丁で切り落とすぐらい容易なものだ。自身の動きとしては想像もしていなく、本能に従い行動しただけだった。


 敵は首が落とされたにもかかわらず、まだ生きており喋り出す。


「貴様! 同族でやるとはどこの家の者だ!」


 ものすごい剣幕で怒り出す。

 一樹は何食わぬ顔で、転がった体の切断された首元に口を当て、再び一気に吸い込む。満足そうな顔をして足元に転がる頭をみた。


 すると一樹は頭を抱え、顔はニヤついたまま歓喜を叫ぶ。


「うわー。脳があああ! 脳があ!」


 脳の奥に響く快感と、全身の隅々にわたる力の波動に酔いしれる。まるで瑞々しい梨を食べたときのような感じを味わう。


「ただではおかぬぞ、小僧!」


 もはや頭しかないのによく吠える。次もあるのような物の言い方をしているのは、何か大きな勘違いをしているようだ。一樹は冷徹な目線を向けて、転がる頭に伝えた。


「なあ、弱いゴブリンほどよく吠えるって知っているか?」


「なぬ!」


 一樹は手元の頭に、暗殺者の時と同じようにして『経験の書』のスキルを発動させる。そこで思わず言葉が口をついて出てくる。


「それじゃあ。脳ミソ、いただきマース!」


「馬鹿な! アババババババばあああああ」


 手のひらほどの小さな魔法陣は、頭を囲むと次々と表皮を剥がし銀色の粒子へと分解した。肉と骨も同様に粒子化して分解したのち、脳だけになる。


 脳は魔法陣の中で回転し始めて高速に回り、輝きで直視できなくなる頃、一冊の本になって回転はゆっくりとなり止まる。


 手元に本として残った書物は、黒い重厚な表紙で覆われる。表裏の表紙の角には、三角形の金属で補強してある姿を見せる。表紙に記載の名前は『経験の書』とあり、表紙をおもむろに開くと、次のことが書かれていた。


 【スキル】

 ・衝撃波(ゼルデリング装備時)

 ・ゼルデニア古流格闘術

 

 再び輝く紫色の粒子に変わり、頭に吸い込まれていく。これで新たなスキルを獲得したようだ。ゼルデリングとは何なのか……。恐らく名前の通り、なんらかしらの『輪』であることは間違いなさそうだ。不意にやつの骨と皮だけになった遺体を見ると、指輪などのアクセサリーが転がる。

 一先ず、骨か皮となった遺体と服などすべて魔法袋に収めてしまう。


「これか?」


 金色の指輪が二個、落ちているのが見える。どういうわけか一つを左手の人差し指にはめようとする自身がいる。指に差し込むと、肌に馴染むように同化してしまう。ただし、指輪の形は残ったままだ。


 どこかこれだという感覚がわかり、もう一つは右手の人差し指にはめる。

 こちらも同様に、同化してしまう。


 モグーは今の戦いを見て、興奮冷めやらぬ様子だ。


「なんか! 凄いの! いたね!」


 一樹は冷静に戻りつつも自身の異様な興奮状態は、少し気持ちが引いていた。よもや人間ではないと、そのような気がしていた。


「だよな。あれはなんだったんだろうな……。ちょっと試してみる」


「ん? どったの?」


 一樹は壁に向けて手のひらを突き出し、脳裏に湧くイメージ通り力を意識する。


 すると何か巨大なハンマーで岩壁が叩きつけられたかのような直径二メートルほどの穴で陥没してしまう。深さは数十メートルというところか。とんでもない威力だ。

 軽い意識だけでこれだと、全力だと途方もない予感がする。奥の手を得たようでテンションが高まる。


 ただ少し目眩とふらつきを覚える。慣れない力の行使だからだろうか。まだわからないことの方が多い。


「とりあえず、この力は使えそうだな……」


「さっき、目が真っ赤だったけど、大丈夫?」


 モグーは一樹の目を心配していると同時に、今は元通りなのか「さっき」という表現で今を伝えてくれた。


「ああ……。大丈夫そうだ。多分、紅彩術が突然発動したこたとで起きたんだろうな」


「何それ?」


「簡単にいうと、一時期的に魔力と力の増幅見たいなんだよな」


「それってすごいね。体、大丈夫なの?」


「詳しいことは、俺にもまだよくわからないんだ」


 するとモグーは心配そうにいう。


「そう……。ムリしないでよね?」


「心配かけたな……。あの衝撃波は感覚だと、紅目になった時に、一回だけできそうだ。連続はムリだな」


 すると何かを掴みあげるように腕を曲げて、胸の前で拳を握りしめながらモグーは一樹に伝えていた。


「光弾使えるから安心して。一樹」


「もちろん頼りにしているよ。ありがとな」


「任せて!」


 なんだか本能に任せたような動きはしたものの、結果的にはすべてがうまくいっている。

 今の所の戦績は、ゴブリン一体と紅目が一体の合計二体だ。戦いは、意外に時間がかかる。命のやり取りだから一瞬で決まることもあれば、時間がかかることもあるんだろう。知識と実体験の差の埋め合わせは、今後も続けていけば、知識と経験の誤差が埋まることに期待をしたい。

 

 まだ入り口の階層でこの状態なら、地下に降りていったらとてもじゃないけど一日ではぜんぜん時間が足りない。


 たしかどのダンジョンにも特定階層に安全地帯がある。初心者ダンジョンとはいえ、三十層からなる場所だ。当然安全地帯は半分の十五層にあり、まだまだ先と言える。


「まだまだ先はありそうだな。今日のところは一旦引き上げるか」


「え? まだまだいけるよ?」


「次は、野営の準備をしておきたいんだ。十五層目指して進んだ方がいいからな、それなりに用意が必要ってやつだよ」


 一樹の説明に納得したのか、すんなり理解したようだ。


「うんわかった。帰ろうー」


 俺は帰路に着く時に、コンパネを眺めると種族レベルが上がったことに気がついた。そこには念願の銃はまだなものの、意外な品が作れるようになった。残念ながらまだ魔導書はムリなようだ。

 

 というより、ちょうど欲しいと思ったときだったので、タイムリーかもしれない。

 

 それは、テントが欲しいと思っていたところに「魔法のテント」なる物があることに気が付いたのだ。説明を読む限りこいつもまた破格で思わず声に出してしまう。


「こいつはヤベーな。うははは」


「ありゃ? また一樹、ハマっちゃったね?」


 一樹とモグーは、楽しそうに朝焼けが照らす宿へ向かった。

 

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