第2話『偽物以上本物未満』


 ――地下ギルドは地上からは遠いな……。


 冒険者ギルドを追放されて、小屋も燃やされた後、少しは知り合いでもある地下ギルドのギルドマスターのセバスを頼りに訪ねてみた。地下ギルドでは過去に、何度か世話になっていたからだ。


 ギルドは、広大な地下街の中央にあり天井まで聳え立つ、中央塔の根元にある。この塔はどう見ても地上にある城の敷地より広いのではないかと思える。


 一部をくり抜いたような場所で、扉を潜るとまるで執事かと思うような出立ちの者が俺を出迎えてくれた。

 

「おや、久しぶりに見る顔ですね。まるで死人が生きたふりをしているようですよ?」


「何いってんだよセバス。それ普通、逆だろ逆」


「モキュッ! モキュッ!」


「そうでしたか、モグー様もお元気そうで何よりでございます。さて、今日は何用ですかね?」


「ああ、実はバレちゃってさ。今この『ポショ』が全財産なんだ。買取できるか?」


「ほう。これはまた良い物をお持ちで……」


「え? セバスは看破もち?」


「それに近いと言えばいいでしょうか。本質を見極める力でございますね」


 一先ずなけなしの『ポショ』を鑑定してもらい、(偽)と名前がつくのは愛嬌だとして、実際の効果を確認してもらうと、破格の値段で買取をしてもらえた。


「いいのか? 結構な額だぞ?」


 俺は片手にいっぱいの金貨を手にして驚いてしまう。


「もちろんです。すべての物に価値がございます。一樹様が作られた物は、その価値がほんの少し、高いだけでございます」


「マジかー。恩にきるぜセバス!」


「モキュッ! モキュッ!」


「価値ある物を本来の価値ある価格で買取したに過ぎません。恐らくは、すぐに完売するでしょう。また売っていただけたら助かります」


「おう! 明日持ってくるよ!」


「モキュッ!」


「かりこまりました。またのお越しをお待ちしております」

 

 ――マジで助かった……。

 

 おかげで、しばらくの宿代と飯代を確保できたのはありがたい。


 ――後日。


 宿屋で少しばかり作成した『ポショ』を売りにいくと、良いタイミングだとばかりに地下ギルドマスターのセバスは、前回同様に、すべてを買取してくれた。どうやら入荷した途端すぐに、完売の状態だ。

 どこからか噂を聞きつけたのか、昨日の納品をしてから売れに売れて、誤算の増産のリクエストが来たわけで、冒険者ギルドへ卸していた時とは大違いだ。


 ――うまくいきすぎ君じゃないか。


 好評すぎてクラフター冥利につきるし、恐らく本家のポーションは売れなくなる。

 なぜなら、本家の方が一回の回復量は高いとはいえ、使用制限が多いから比較すると本家が劣る。本家の効能は、使うと十分は再使用不可能なのだ。回復量としては千程度。

 

 一方で一樹の作る『ポショ』は、比べると回復量は五百と心もとないけども、ぶっかけたり飲んだりした分、回数分の回復をしてしまう。極論一気に十本ぶっかければ五千も回復する。何度でも何回でも制限なしが最大の特徴だ。


 正規品一本千回復で十分待ちなのと、一本五百回復で連続使用ができて、正規品一本の価格で『ポショ』は十本買える。つまり価格は十分の一で効果は、十本分を連続使用したとするなら五倍の五千回復だ。


「へへへ。本家ざまぁ、だな」


 冒険者ギルドのギルマスが悔しがる姿は、なんとも想像できておかしい。

 後は、クラフターのJOBレベルを上げたいところだけど、どうした物かと困っている。今まで魔獣を倒して、レベル上げをしたことがないのだ。


 作れるものをひたすら作ることの繰り返しをしていた。ところがその方法だとまったく上がった気がしない。


 どこかのパーティーに寄生するのも気が引けるし、実はこっそり一人で努力をして、レベルを上げたい方なのだ。


 他人に知られたくないのは、モグーの特殊性もあるからというのもある。

 

 フードの中の定位置でくつろいでいるモグーは、何か意図を察したのか、いつもの肩の高さまで上がってくる。


「モキュ? モキュ?」


 俺は右手を差し出すと、またいつもの甘噛みをしてきた。


「大丈夫だよ。俺とモグーだけでなんとかしような」


「モキュ! モキュ!」


 嬉しそうに頑張ると、言っている気がしていた。

 

 事前の準備として、できればゾンビアタックができるほどポショと蘇生薬の準備と、自前の特殊な武器が作れたら最高だ。


 今後のことを考えながら、地下ギルドがある街をぼんやり歩いていた。

 今いる場所は、地上と違い完全に地下街だ。

 夜間は、基本的に多数の魔導灯が立ち並び視界を確保している。驚くことに、ここには地下なのに昼夜が存在するのだ。


 かなり遠い昔にあった町を再利用しているという。

 ところが貴族は地上に住み、貴族と王族と城の関係者以外は大抵地下の町で居住している。

 意外と広く建物は壁面を削り作られた物がほとんどだ。


 所々に出口もあり通気口にもなっている。

 地下街の天井は高く、高さは地下街のど真ん中にある中央塔の三百階にも及ぶ階層が物語る。

 

 過去どのような理由があって掘られたのかはわからない。

 すべての建物の中には、共通の通り抜け通路があるのは非常に便利だ。


 配置は碁盤の目になっており、町の中心に位置する巨大な塔の場所には、地下街を統率している地下ギルドがある。


 考えると地上にある冒険者ギルドは、案外お高い貴族からの依頼むけでもあったりする。その分、依頼を達成すれば実入がいい。とはいえ、地下ギルドも地上にはある。地下街の方がメインで地上のは依頼受付の窓口だけだ。

 地上にある地下ギルドの地下へ降りる階段をひたすら降りていけば地下ギルドの本拠地に辿り着く。

 仕組みとしては、地上は表向き買取と依頼受付など、比較的裕福な層向けに作られた窓口になる。


 一樹は頭上を見上げると、自身の知る知識が思わず口からこぼれる。

 

「地下街なのに空に見えて、雲もあるし風が流れるって、とんでも科学だよな……」


 相槌を打つかのようにモグーは、頭を前後に揺らし、頷く。

 

「モキュッ! モキュッ!」

 

 しばらく地下街をぼんやり歩いていると変わらず、人だかりの木々がある。

 

 リンゴ状の肉の塊が実る木だ。


 マジでとんでもない代物で、争いを減らしてくれる貴重な資源と言える。

 リンゴぐらいの大きさの実で焼いて食べると、普通に牛肉の味と食感だ。しかもフィレ肉とくる。ざっくり三百グラムぐらいの大きさだ。

 なので牛の木と呼ばれて、皆で夢中になって取りに来るのだ。もちろん地下街のルールとして枝や幹さえおらなければ、自由にとって食える。食べることは誰しも平等だ。差別や区別もない。


 実をどうやってつけているのか、取り尽くされると二週間後にはまた実をつける。

 食べると魔力も一時的に高まるというから、非常に人気だ。

 食事事情が悪いやつはもちろん、いいやつもこぞってとりにくる。ここだけでなく地下街はこうした木々が至るところに存在する。


 実は俺も、ここでいくつかとって食いつないでいるんだよな。

 地下街には他にも豚の木や鶏の木もあって、食事事情は割りとよかったりする。金の無い奴はもぎ取って焼いて食うのが一般的だ。


 だから、スラムでも空腹で荒れることがない。

 ある意味俺は、空腹とは無縁な幸せな環境にいるのかも知れない。

 

 残念ながらこの木は、地下街以外では育たなくこの地下街限定の木でもある。かつて王族たちが試しにと移設したものの、すぐに枯れてしまったと聞く。やはり科学を超越したものが、ここにはあると思っている。


 地下街は、偽物売りは横行しているし、ある意味一樹なんてかわいいものだ。

 なぜなら本物より効果は高く、安価で必ず効く代物だからだ。

 逆に教会と冒険者ギルドの専売特許にしているポーションの方が劣悪品にすら思えるほどでタチが悪い。


 ふと一樹は誰にというわけでなく、思わず吐露した。

 

「本物以上の偽物か……。まるで別物なんだけどな。偽物と本物の違いは、単なる指定販売場所と指定銘柄の違いだけじゃないかな……」

 

 別に法律なんて物があるわけでもないため、せいぜい教会関係者か冒険者ギルドに、一樹は殺されるか襲撃されるかのどちらかだろう。




 実際にあったのは襲撃だ。

 殺されたり、売られたりしなかっただけ、まだマシといえるのかもしれない。

 一樹自身の製作スキルでやり直しが出来るからだ。


 なんで殺されたり、売られたりしなかったのか一樹は不思議に思っている。それは、手にした金とポショの方が圧倒的に価値が高いから、安くて手間かかる人身売買よりは楽だからだろうと勝手に一樹は、想像していた。


 ところが彼らの事情として実は、別の理由で一樹を売りさばくことはしなかったわけで、これはまた別の話し。

 


 

 一樹は、今後の製作物を考えていた。

 蘇生薬はかなり高価でとてもじゃないけど、購入などといったことには、手が出せない。

 

 もし、作れるようになったら、元手が自身の魔力と収納用の容器だけならかなり安価に作れる。

 ただし気を付けるべきところは、専売特許を奪ったことで逆に狙われる可能性だ。

 かなりの儲けと生存率の向上が教会と冒険者ギルド以外からもたらされるのは、彼らにとって邪魔以外、何者でも無いだろう。

 逆の立場なら間違いなく消す。

 だとすると生存戦略的に、自らのため以外には使わない方が良さそうだ。

 儲けは惜しいけど、命あってのものだねだ。

 まだ抵抗するだけの力がないから、秘密にしておくのが最善になるだろう。秘密にすることが最善の抵抗力だ。


 第三者に善意で渡したとしても、人の口に戸は立てられないのでいずれバレる。

 善意が善意を呼ぶとは限らないのだ。

 

 ならば知る者が当人だけなら、露呈することがない。

 俺は考えをまとめて、今後の目標と方針を立てていた。

 できれば、俺専用武器も俺自身の手で作りたいと思っている。

 

 後わからないのは、何をして職業レベルを上げるかだ。

 

「ん〜やっぱりそこかぁ」


「モキュッ?」


「レベル上げなんだよな。どうすっかな」


「モキュゥ。モキュッ!」


「ダンジョンでやるのか? 俺には武器がまずないぞ? 買うにせよ金がない」


「モキュッ!」


「ポショを売るのか? 金を手にいれても普通の武器じゃだめなんだ。なぜかわかるか?」


「モキュゥ……」


「俺は、今まで戦闘経験も訓練すらもない。教えを乞う相手もいないなら、独自で学んでいくしかない。そうなると、俺の不足分を補う武器の特殊性が欲しいんだ」


「モキュッ!」


「俺なら作れるって? いやーまだ作れないんだよな。なのでなんとしてでもジョブレベルを上げたいんだけどな」


「モキュッ!」


「またこれで降り出しだな……。普通の武器で挑むか……」


 残念なことにイルダリア界では、受動的にレベルが上がるなんてことはないのだ。年齢が重なれば上がることなどまずない。

 能動的に動き、結果レベルが上がる。


 つまり俺はレベルゼロの男だ。


 レベルがゼロであっても最初から備わっている特性や職業は活きている。

 困ったことに、ついた職業特性を使いいくら使っても、レベルは上がらないのだ。

 あくまでもレベルを上げるのは、狩りでしかない。

 

 俺は以前、自分の職業を鑑定してもらいに、別の町の鑑定士にみてもらったことがあった。

 あらためて当時の様子を思い起こすと、本当に奇妙なことばかりだった。


 

「すみません。鑑定士だとお聞きしました。職業が何かみてもらえますか?」


「ん? 鑑定かい? 問題ないよ所定のお金さえ払って貰えばね。職業だっけってわけにはいかないから全体的な鑑定になるよ。金額は一ゴールド。やるかい? もちろん俺が見聞きしたことは誰にも言わない。言ったら商売にならないからね。だから安心してくれ」


「はいわかりました。お願いします」

 

 当時の俺にとって一ゴールドはそれなりの大金だった。

 雑用して銀貨を稼いでためたお金だ。

 お金を手渡すと、さっそく粗末な木製のテーブルを挟んで座り向かいあった。


「看破防御していたら外してね。看破防衛もね。していると僕にダメージがくるから頼むよ?」


「はい。そのようなものはないです」


「たまに貴族の子女だと、本人が気がつかない内にあるんだよね。まあ君ならそのようなことはないだろうからね。ではやるよ? 動かないでね」


「はい」


 俺をじっと見たまま動かない。

 何か唸りながら、手元にある藁半紙のようなざらついた紙に何か記入している。


「あいよ。なんか見えにくいところがところどこあったけど、今見えるものだけを書いた物だよ。また気になることがあったら寄ってくれ。ただ書かれている内容のことは俺にもわからないから、聞いてくれるなよ?」


 説明すると、俺に手書きの紙一枚を渡して終わる。


「ありがとうございました」


 俺は紙をもらいマジマジと見つめると、どうやって使うのかわからない物もでた。

 

【名前】左衛ノ門 一樹

【性別】男

【年齢】十六

【種族】ニンベン師

【種族レベル】0

【職業】クラフター

【JOBレベル】0

【製作スキル】

 標準装備

  コントロールパネル

  言語理解

 薬品

  ポショ

 道具

  魔法袋(小)


 なぜか、種族が人ではなく『ニンベン師』と出ている。

 『コントロールパネル』もよくわからない。言葉の意味は理解できても、どこでその操作ができるのかまるでわからん。

 職業はものづくりの『クラフター』だ。


 何か『コントロールパネル』がキーとなりそうだけど、まるでわからない。

 俺は解決できないまま過ごして、今を迎えている。


 謎の種族はどうにもならないことからさておき、種族レベルもジョブレベルも両方ゼロなのは絶望的だった。

 鑑定してもらった当時から何も変わっていないので、当然上がるわけがない。

 なので、そろそろ本格的に悩み始めた。

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