エリート育成計画

夢のまた夢

首相官邸にて

桜が咲いて間もないころ。

俺と一志は首相官邸見学のため東京まで足を運んでいた。

首相官邸————————その名の通り内閣総理大臣やその他、官僚の人たちが仕事を行っている場所だ。

総理大臣を目指す俺にとってはまさに夢のような場所である。

俺たちは中庭を見学し終え、ホワイエに入っていた。


「おい、斗真とうま~。置いて行くぞ!」

緑豊かな南庭に目を奪われている俺を、ホワイエの階段の上から一志かずしが呼んだ。


「あ、悪い悪い!夢中になっちまってた.......」

俺は頭を掻き階段の上の一志を追いかけた。


「ったく、前から来たかったとは言ってたけど、こんな建物のどこがいいんだ........」


「何言ってんだ!首相官邸だぜ!?ここで総理大臣とか官僚とかが仕事してるって思うだけでワクワクが————————」


「へいへい.......そりゃ政治家になりたいお前は嬉しいだろうけど、俺にとっちゃただのでっかい建物なんですよ」

あきれ顔の一志は大ホールへと向かって行った。


「首相官邸見学できる機会なんかほとんどないんだぞー!!」

俺は一志を追いかけ階段を急いで上った。


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俺と一志は一通り全ての部屋を見て回った。

再びホワイエに戻ってきた俺たちは南庭を眺めながら椅子に腰を下ろした。

「早く帰ろーぜー」

一志はぐったりとしていた。


「え?もう一周ぐらいしねーの?」

俺が冗談でそう言うと一志は眉間にシワを寄せた。


「するなら一人でしてこい。俺は帰る」

一志はスクっと立ち上がった。

俺は慌てて一志の腕を握り引き留めた。


「ジョーダン、ジョーダン、マイケル!帰るから!その前に記者会見室だけ最後に見させてくれ!」

俺は一志の腕にしがみつき頼み込んだ。


ぁったよ!それで最後だからな!」


「ありがとーございます」

俺は深く頭を下げ一志と共に記者会見室に向かって歩き出した。


首相官邸はかなり広いため部屋から部屋へ移動するだけで一苦労。

幸い俺と一志はサッカー部に所属しているためスタミナはあった。

だが普段、スポーツをしない人が首相官邸を1周すればそれだけでクタクタになるだろうな。俺たちはしばらく長い廊下を歩き続けた。


「なぁ、斗真」

突然、俺の横を歩いていた一志が話しかけてきた。


「ん?」

俺は俺より10センチほど身長の高い一志を見上げた。


「さっきから、やたら有名な奴を見るんだが気のせいか?」

一志は不思議そうに辺りを見回していた。


「え、全く分からなかったけどな。まぁそりゃ首相官邸だから有名な政治家とかも多少はいるかもだろ」

まぁこんな一般人が大量にいる場所に官僚が顔を出すとも思えないが。命、狙われ放題になるからな。


「違う。政治家じゃない。例えば、アイツ見ろよ」


一志は俺にだけ分かるよう向こう側から歩いて来る女性を小さく指さした。花粉症だろうか。その女性はマスクとサングラスで顔をほとんど覆っていた。


「あの女の人がどうしたんだ?」


「あの人、今の朝ドラ主演の桜井さくらい杏子あんずだ。お前、ファンだっただろ?」


「ふぇ!?!?」

俺は裏返ったおかしな声を出してしまい慌てて口を押さえる。


「杏子ちゃん??あの女の人が?」


「あぁ」


「お前、ファンだったっけ!?っていうか何で分かったんだ!?」

俺は驚きのあまり目を見開いて一志を見た。

女優に興味のない一志が杏子ちゃんを知っていた事にも驚きだが、ほとんど顔の見えない女性を芸能人とは言え見分ける事ができるのだろうか。


「体のライン見りゃ分かる。お前が何度も桜井杏子のプロフィール言ってたおかげでとっくの昔に覚えたんだよ」


俺は少し、ヒイた目で一志を見た。

「体のラインで分かるって.......なんかキモイ........」


その瞬間、俺の頭に鉄拳が下った。


「お前が毎日、スリーサイズ唱えてるからだろぉーが!!」


「唱えてるだけで見ても分かんねーよ!!」

俺は涙目になりながら一志を睨んだ。


俺と一志はしばらく睨み合っていたが周囲の人たちの視線を感じ遠慮気味にその場から退散した。





「で、さっきの話の続きなんだが」

記者会見室に到着してすぐに一志は話を切り出してきた。


「体のラインで人が分かるって話か?」


「お前、また鉄拳喰らいたいのか?」

一志は手を重ね合わせポキポキと音を鳴らす。


「冗談ですよ~。スマイルスマイル~」


鉄拳を喰らうのはもう御免だ。

俺は苦笑いして誤魔化した。


「今日、俺がここで見たのは桜井杏子以外にも野球のU-18日本代表の白神しらがみ咲徒さくと、コロンビア大学に飛び級進学した天才、花沢はなざわ正雄まさお、高校生ユーチューバー潮田しおた香織かおり、他にも5人以上、テレビとかネットに出てる有名人を見た」

一志は真剣な顔をしていた。


「まぁ、その有名な人たちがいたってのは分かったけどよ。結局、何が問題なんだ?」


「いや、別に問題はないんだが........何か嫌な予感がする。みたいな」

一志は少し不安そうな顔をしていた。


「嫌な予感とか全然しねーけど?だってただ有名人が偶然、集まっただけだろ?お前は考えすぎるからいけないんだって」

俺はケラケラと笑った。

昔から一志は勘が良かった。

だが、流石に今回の一志の勘は外れるだろう。


「だといいんだがな........」


「安心しろって!お前は有名人じゃないんだから誘拐とかされたりしねぇーよ!」

俺は笑顔で一志の肩に手を置いた。


「いや、俺、一応、テレビ出てるんだが........」

ここで一志の口から衝撃の一言が飛び出した。

俺は笑顔のままもう一度尋ねた。


「テレビにどうしたって?」


「サッカーの番組に出演した」


「うん。一回、地獄に行ってきてもらえますか?

なぁんで、お前がテレビに出演して俺が出演でれないんだよ!!!!!」

俺は一志の首を絞める。だが一志には全く効果がない様子だった。

「活躍度の違いだろ」

一志は淡々と事実を突きつけてきた。


「お前、フォワードだから目立ってるだけだろ!俺はディフェンダーだから目立たないだけで十分活躍してるっつーの!」


しばらくこのようなやり取りを続けた俺たちはロクに見学もしないまま記者会見室を後にした。


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俺たちは首相官邸の出口に向かって歩き大ホール前を通り過ぎようとしていた。すると、スーツを着た男性が大ホールから出てきた。


「おや、君たちは見学に来た子たちかな?」

その男性は俺たちを見ると後ろから駆け寄ってきた。


年は40ほど。顎から耳にかけてチクチクとした無精ひげが生えていた。


「はい」

俺と一志は同時に答えた。


「そうか、そうか。ところで今から大ホールで今日、見学に来てくれた子供たちに向けて政治家が講演会をする予定なんだが君たちも参加してはどうだい?」


男性はやさしそうな笑みを浮かべた。


「いや、僕たち今から帰る————————」

俺が老人の誘いを断ろうとすると一志がそれを遮った。


「はい!参加させてください!」

予想外の一志の言葉に俺は少し動揺した。


男性には聞こえないよう小声で

「お前、帰りたいんじゃなかったのかよ」

俺は一志に耳打ちした。

「講演会とかお前、聞きたいだろ?俺に気遣わなくていいって」


「一志........」

一志の気持ちは有難く受け取っておくほうがいいだろう。

俺は講演会に参加する事を決めた。

「あぁ、じゃあ、講演会っていつからなんですか?」


男性は腕時計を見た。

「15分後だね........今から大ホールで待機しておいた方がいいんじゃないかな?」


「分かりました。じゃあ、中入ろうぜ。一志」


「あぁ.......けど、その前にトイレ行かないか?」

一志はWCと書かれた矢印を指さした。


「そうだな」


俺と一志はトイレに向かって歩いた。


用を足した俺は一志より少し先にトイレを出た。

一志は誰かに電話をかけなければならないらしく、ホワイエの方に走っていった。


俺は一人で大ホールまで戻った。

途中、道に迷いそうになったがなんとか戻ることができた。


大ホールの前であの男性が小さく手を振って待っていてくれた。

「もうすぐ始まるからね。中に入って待っておきなさい」


「あ、でもかず........友達がまだ帰ってきてないん—————」


「大丈夫、講演会には途中からでも参加できるから」

男性はそう言って多少強引に俺を大ホールの中へ入れた。


中はまだ光が灯いておらず、かなり暗かった。

俺は足元に注意しながら足を進めた。

だが、突然、背後に誰かの気配を感じ振り返った。


「誰っ........————————」


青い光が俺の首元に当たりそこからだんだんと意識が薄れていった。

俺は気を失い倒れた。


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俺が目を覚ましたのはあれから何分後だろう。

気が付くと俺は一志の隣で椅子に縛り付けられていた。

「トウマ........起きたか........」


「あぁ.......あれから何分ぐらい経った?」


「分からない。俺もさっき目を覚ましたところだ」

一志の顔には冷や汗が浮かんでいた。

俺は辺りを見回した。


どうやらここは首相官邸の大ホールの中らしい。足元に桜色の絨毯が広がっていたからだ。

そして椅子に縛られているのは俺たち2人だけではではなかった。

縛られている人間はざっと70人を超えていた。そして俺たちを取り囲むようにサングラスをかけた黒服の巨体の男が30人ほど仁王立ちしていた。

逃げ道はない。


そして俺たちの正面には一人の男がスポットライトを当てられ立っていた。それは————————あの優しそうな男性だった........


「全員が目を覚ましたようなので講演会を始めようか........

私が計画したエリート育成プロジェクト説明会をね」

男性の目は若者のようにキラキラと輝いていた........














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