レポート.27「死んだはずの男」

(――それじゃあ、私たちの当初の目的とまるで違う!)


 憤る少女時代のアザミに対し、メンバーであり今やライトに継ぐナンバーツーとなったノン・エストは「いやいや」と首を振って見せた。


「本質は何も変わらない。ソッチが求めていたのは、【魔法使い】の自由だろ?それは魔力を持つ人間が一番優秀であり、この世界を支配するべき人間であるということに他ならないと私は思っているんだよ」


「だから、その思想が違うって言っているのよ!」


 とっさに、魔法で出した槍で攻撃しようとするアザミだったが、それをノンが使役するゴーレムの従者たちに止められてしまう。


「私は、誰もが平等に魔法を使うことが――才能を認められる時代にしたいと、そう思っているのよ。支配のためじゃない、そんな原始的な考えじゃない」


「ほお、原始的。良いじゃないか」


 ついで、周りのゴーレムに命令を出し、アザミを床に押さえつけるノン。


「人間は元々動物だ。縄張り争いもあるし、弱肉強食だって当然のようにある。強い奴は弱い奴を従わせる権利があるし、才能ある人間こそが上に立つべきだと私はそう思っているんだが――」


「何をしている、ノン」


 アジトに戻ってきたライトにノンは「ふん」と息を吐くとアザミを放す。


「なに、ちょっとした行き違いがあってね。方向性の違いというか、腹を割って話し合っていたところだ」


 それにライトは「いや、そんなことよりこれは何だ?」と赤子の小さな指で挟んだチラシを見せる。


「ここの隅、魔法陣があるな。それも、俺の許可なく使用した人心操作の陣だ――何か、言うべきことはないか?」


「ん、あーあーあー…」


 言うなり、ノンは大仰に手を振って「いや、プロパガンダを民衆に浸透させるには、より効率的な方法を使うに限ると思ってね」と、ライトを見る。


「幸い、精神感応を持つ新人の同志がいたもので。それと魔力を解析するのにも長けた新人の同志も偶然いたもので。彼らに手伝ってもらえば、より良い方法を取ることが私はできると思いまして、ね。リーダー」


「俺をリーダーと呼ぶな」と冷たい目でノンを見るライト。


「では、その二人はどこだ。ここにいるのは二人とまったく同じ姿と魔力を持つゴーレムぐらいしかいないんだが」


 その言葉を聞き、ゾッとするアザミ。


「あーあー…そっか。私と違って、そちらさんは見えちゃうんだった」と、しらばっくれるノン。


「ええ、まあ。でも違うから。確かに私はゴーレムを作り、人格を移植する能力を持っていますけど、それはあくまで向こうの二人が願ったこと。より強い肉体で、より回転する頭で。より効率の良い社会を作りたいと願ったから私は――」


「――たわけ、たばかれると思ったか!」


 赤子の身ながら、鋭い声を上げるライト。


 それに一瞬だけノンは目をつむるも、すぐに「ああ、そうだ」と声を上げる。


「思えば、確かに変だ。目の前にいるリーダーが赤子で、しかも、そのお守りがまだ若い子供。思想こそ一緒だけれど、上下が間違っている」


(――アザミ、ここは逃げろ)


 ふと、アザミの耳にだけ聞こえるようにライトが話す。


(確かに、ノンのゴーレムは強い。最近では、同志となった人間の人格と魔力を奪い、さらに強くなっている。この部屋に隠れているゴーレムも何体かいる)

 

(――でも、私は)


(大丈夫。お前には俺が仕込み、磨いた魔法がある)


 アザミの姿が隠れるよう、自分を抱かせた女性の位置をずらすライト。


(己の望む武器を作り出せる能力。お前だけが持つことの許された能力だ)


(でも、私には――)


(お前の実家にある【聖槍】、アレに俺は操作を加えた)


(――!)


(お前が魔力を持っていても家長と認めるように、家に戻っても何食わぬ顔をして暮らせるように時間はかかったが、調整を済ませてきた)


 そしてライトは(家に侵入した時に【聖槍】とも話しをたが。アレの思想は、一種の呪いだ)と目を細めた。


(己の判断する家督を継ぐ資格を持たない人間をアレは頑なに拒む。しかもその思想は存在するだけで周囲に伝播する――そう、あの槍の性質はあの男と非常に似通ったものだった)


 ライトの言葉にアザミはノンを見る。


 いつしか周囲には先ほど見たよりも数体ゴーレムが増え、明らかにアザミたちに危害を加えようとしているように見えた。


(逃げろ。もうお前のいるべきところはここではない、あの男に居場所を勘付かれないよう、友人に頼んで隠蔽魔法を仕掛けた)


 すると、ノンの背後にあるドアが開き「ギルドだ、そちらは【魔力解放戦線】のリーダー、ノン・エストだな。魔力使用による人心操作と許可なき魂の切り離しにより逮捕する!」と声が響く。


「ギルドだと、いつの間に。確か、ここには隠蔽魔法が――」


 そこまで言ったところでハッと何かに気づいた顔をするノン。


「まさか、お前…!」


 その瞬間、ワッとギルドが取り巻き、ライトたちを通り抜けてノンとゴーレムを次々取り押さえる。


「卑怯者!自身と小娘に隠蔽を、ギルドに人心操作を行ったな!俺だけが捕まるように、俺だけが主犯格となるように――!」


 引きずられ、外へと無理やり出されていくノン。


「許さん、許さんぞ!お前らだけは――決して!」



 周囲から湧き上がる怒号と歓声。

 その声に、アザミはハッと気がつき(大丈夫か?)とライトが小声で聞く。


(ええ、でもずっと不思議なのよ)とアザミも小声で、後ろで二人と同じように見物をする男――ノンをチラリと見る。


(どうして、死んだはずのノンは私たちをそのまま受け入れたのかしら。思い出される限り、アイツは私たちのことをかなり恨んでいたはずなのに)


(――奴の発言は死ぬまで操作魔法と隠蔽魔法で誤魔化されるようになっていたし、死んだと言う情報はギルドから得られたものだから間違いはないしな)と、ライトは思案げな顔をする。


(ただ、俺としては、一つの可能性を考えている)


(それは?)と聞こえないように小声でつぶやくアザミ。


(奴がすでに死んでいて、ここにいるノンは別人だという可能性だ――)


 

「アザミさん、あっちにいるようです!」


 第一係とギルドが老人たちを鎮圧していくなか、時間遡行の魔法で必死に街の修復を試みる第二係の涙ぐましい努力を横目で眺めつつ、フロアはペンダントを片手に壊れた道を走り抜ける。


 その前方には、屋敷を出た途端にフロアにしか見えなくなったアザミの姿。


「サウスも、係長もついてきてください」


 記憶の中のアザミは瓦礫の山を移動しながら時折移動魔法を使い、街の高台へ高台へと移動をしているように見えた。


「――そういえば。最近兄さんから聞いたんですけど。【魔力解放戦線】の初期のリーダーと言われているノン・エストって、元々サクライ重工に勤めていたらしいんですよ」と、サウス。


「…え、サクライ重工って犯罪者まで受け入れていたの。懐ヤバくね?」


 フロアの指摘に「そりゃあ、辞めるまでは犯罪者してなかったからだよ」と、ツッコむサウス。


「ともかく、辞める直前まで開発を担当していたのは量産型ゴーレムの製造で、業績も優秀だったうえに大学では神童と呼ばれていたそうです」


「そりゃあ、ヤバいね」と錫杖で足元を突きつつ歩くトーチ。


「優秀、優秀と、子供の頃からちやほやされてきた連中ほど、プライドは高いし、思想が凝り固まりやすいからね。大方、辞めた理由もそのプライドの高さからではないかい?」


 トーチの言葉に「ええ、そうです」とサウス。


「当人としては世界に一つしかない優秀なゴーレムを作りたかったそうですが、量産型ゆえにユーザーが誰でも使えることをコンセプトにしていた開発部と真っ向から対峙して、最後には自分が手がけた数体のゴーレムを持って逃げるように辞めていったそうです」


「ちなみに、そのゴーレムはどんな型?」


 それを聞くとサウスは周囲を見渡し、声を小さくしてこうつぶやく。


「…実は街中にある人型ゴーレム。全て、彼の設計を元にしているんです」

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