レポート.24「夢はでっかく宇宙を飛ぶ」

「――なるほど。そういう経緯でノギワさんに【場】を作る能力があることが判明したのね」


 大学教授とサクライ重工の特別顧問をしているスクエアは、隣に置かれたタブレットに目をやりつつ、フロアたちと会話をする。


「前々から、こちらに来た人の何名かに魔力反応が出るようになったことは周知していたのだけれど。まさか、ここまで早期に魔法を使いこなせる人が出てくるとは想定していなかったわ」


 趣味のカメラを胸にぶら下げ、腕を組むスクエアに「…それで、私の処分はどうなるのでしょう」と、ハタコは不安そうな顔を向ける。


「どちらにしろ、フロアさんたちに迷惑をかけてしまいましたし、【場】を作る能力ということは分かりましたが、それを使いこなせる自信はなくて――」

 

「んなもん、場数を踏めば良いのじゃ」と声を上げるのは、帰還後にそのまま話を聞くためフローと同席したマリちゃんその人。


「経験すれば、人は強くなれる!」


 そう言って胸を張るマリちゃんはフローが簡易的に作った腕輪型の重しを身につけ、今はしわくちゃの小さなブルドックのような見た目となっていた。


「…マリさんって、魔力なしでこの姿なのよね。フローさんがここまでの経緯として見せてくれた再現魔法の映像の姿とここまで差があるとは――」


 チラチラと横目で見るスクエアに「そういえば、アスリートは美醜びしゅうに関わらず競技中は美しく見えるといいますが、原理は一緒なのかも知れませんよ」とタブレット越しに補足するのは日本国の機関に所属するという、お偉いさん。


 なんでも、フロアたちの報告を受けたスクエアが呼び寄せたらしく、飛び込みでこの場に参加したという話であった。


「まあ、その話はさておき。ノギワさん、アナタに話があります」


 そんなスクエアの言葉にギクリと身を揺らすハタコ。


「実はこちらは日本航空宇宙開発局の局長さんなのですが、彼と話をして、今後ノギワさんにはこちらの世界と向こうの世界の宇宙開発協力の橋渡し役を担ってほしいと考えているんです」


「え…は?ええ!」

 

 驚くハタコに「なるほど、確かにそれなら彼女の希望は叶えられる」とフロー。


「もちろん。フローさんにも、彼女の魔法の指導役として協力していただきます。また、両方の世界からそれぞれ専門家やスタッフを呼んで、今後の開発プロジェクトについて計画を練っていきたいと考えているのですが――どうでしょう?」


 そう語るスクエアにハタコは動揺する。


「で、でも。私なんかで良いのでしょうか。もう、三十半ばで新卒というわけでもないですし、ましてや宇宙開発の経験だって全く…」


 それに「ええい、ウダウダするんじゃないよ!」とマリちゃんが声をあげる。


「こんなもの、誰だって初めてだろうよ。やるかやらないか、さっさと決めな」


 そんなマリちゃんを横目に「――ええ、不安はあるでしょうが。こちらも共に足並みを揃えていきたいと思っておりますから」と、局長は目を泳がせる。


「事業の中には開発を行う上で、スタッフや開発者への健康面や精神面でのサポートも考えておりますし、家族ぐるみで盛り込んでいく予定ですのでノギワさんが一番心配されているご家族の健康不安に関しても、プロジェクト内で解決できると考えています」


「え、そこまで――」


 驚くハタコに「…なるほど。そこまで言うのなら、やってみれば良いんじゃないのか?」とフローが声を上げる。


「そのプロジェクトの行く末が、我らが星へと到達するのならば、こちらとしても興味がある。小娘もそうは思わないか?」


 それに「…そうですね」と思案げにハタコは考え、やがて顔を下げる。


「ぜひ、私にそのプロジェクトに参加させてください。宇宙に関われることは、昔の頃からの夢で。自分にできる限りのことをさせていただきますから」


 それに「――ええ、こちらも。出来うる限りの協力をするわ」と、スクエアはうなずき、局長も「申し出、ありがとうございます」と頭を下げる。


「私たち。アナタがこの場所に来てくれて、本当に良かったと思っているの――これから先の未来が楽しみね、ノギワさん」


 その言葉にハタコは「ええ」とうなずき、微笑んでみせた。



「――じゃあ、また今度」


 そう言って、トーチはタブレットの電源を切り、椅子に座った影に目をやる。


「それにしても、この結果が未来に反映されるというのは成り行きだとしても、いささか不愉快なんだよね――俺、占いとか信じないタチだし」


 それに影は何も言わずに姿を消す。


「まあ、また誘ってくれや…次があればの、話だけれど」


 トーチはそう言うと誰もいない教会のドアを開け、降り出した雨の中へと歩き出した。



「――あ、フロア。こっちにいたんだ。早退になっていたから驚いたよ」


 サクライ重工の会議室から出てきたフロアに慌てたようにやって来るサウス。


「朝に職場に行ったら誰もいなくてさ。ハタコさんに至っては『サクライ重工・宇宙開発部顧問に配属』とか課のスケジュールに訳のわからない書き込みがしてあるし――何があったの?」


「いやあ、こっちも慌ただしくって訳わからないんだけど」


 そう答えるフロアの後ろでは、腕輪に付けられた見えない紐にひかれるマリちゃんの姿があり「ええ!指名手配の【魔人】がフローに引かれてる、なんで?」と、ますますパニックになるサウス。


 それに「ええと…」と答えにつまるフロアだったが、いつしか近くの休憩室で茶を飲んでいたドワーフたちがつけていた、魔力テレビのニュースが耳に入って来る。


『昨夜の深夜零時半過ぎ、ギルド内部で大規模な非合法【オーブ】が盗み出される事件がありました。盗難にあった【オーブ】は、まだ発見されておらず、ギルドでは重要参考人として同ギルド部隊のスピア・ハスラー氏に事情聴取を行い――』



「ここが、【魔力解放戦線】の現在いまの本部だな――?」


 女性に抱かれたライト・エンブリオはどこか楽しげに辺りを見渡す。


「良い面構えをした連中ばかりじゃねえか、これからデカいことをするんだろ?――俺も、混ぜろよ」


 無表情に並ぶ男女の【魔法使い】。

 その真ん中にいるリーダーと思しき男へとライトは話しかける。


「何しろ、俺はお前らの組織の創設者。【魔力解放戦線】のかつてのトップを、ないがしろにはしないだろうよ?」


 クックッと笑うライト。


 そんな彼を抱き上げる女性。

 ――第一係のアザミはその様子を無表情に眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る