レポート.22「ゲームと風邪と死神と」
――早退したトーチが向かった先は小さな教会。
いくつもの墓碑が並ぶ道を通り、奥にある小さな墓の前へと立つ。
「ユウちゃん。このあいだ教会に行ってユウちゃんのアバターに会ったよ」
輸送魔法で取り出した花束を前に置き、頭を下げるトーチ。
「死ぬ前に魂を分けただけあって、今も元気そうだ」
そう答えるもついでフーッと息を吐き、頭を振るトーチ。
「でも、そのアバターからね『そちらの【神様】とは、最近どうしているか』って聞かれちゃった…そんなの、返答に困るよねえ」
そこに影がさし「ん、もう来ちゃったの?」と振り返るトーチ。
――目の前にいたのは、頭からつま先まで真っ黒な人。
「しょうがないなあ、一戦…やってく?」
そう言うとトーチは手にあるタブレットを左右に振ってみせた。
*
「――すみません、まさか風邪を引いてしまうなんて」
端末をもらってからの翌日。
微熱を出したハタコは布団の中でケホケホ咳き込んでいた。
「いえ、気にしないでください。念のため、端末を通して医者に簡易診断してもらいましたけど、ただの風邪みたいですし」
「…そう?でも、出勤しなきゃ」
そう言って、赤い顔で起きあがろうとするハタコに「今日はいいですから」と、布団をかけるフロア。
「ゆっくり寝てください。熱が引いたら来てくれれば良いんです」
それにハタコは「ごめんなさいね」と端末へと目を向け、ついで冷蔵庫を見る。
「中の食材、悪くならなければ良いんだけど。食事を作ろうにも火を扱うには魔法が必要みたいだから」
フロアはそれに「ああ、なら大丈夫ですよ」と端末を手に取る。
「ほら、ここに近くの魔法コンロに火をつけられるアプリがありますから。使う時に料金は発生しますけど、付けっぱなしでない限り、対したお金になりませんし――ほら、この部屋を登録したんで、いつでも使えますよ」
ついで、パチンとコンロをひねればボッと火がつく。
「うん、魔力なしでも問題なし――あんまり辛いようでしたら輸送魔法で部屋に食事も届けられるので、ともかく無理をしないでくださいね」
「本当に、すみません」とゴホゴホとハタコは咳き込む。
「もうちょっと頑張る気力があれば風邪なんか引かないのに…」
「いやあ、誰だって引くときゃ引きますから」と、身支度を整えるフロア。
「大切なのは栄養と休養だってトーチ係長も言っていましたし。じゃあ、行って来ますね」
「…まるで、母みたいな状態だわ」
そんなハタコのつぶやきを耳にしつつ、一歩外へ踏み出すフロアだったが――
「ありゃりゃりゃりゃあ――!」
ドアを開けた先は真っ暗な落とし穴。
そのままフロアは真っ逆様に落下してしまった。
*
――トーチが最初に【神様】と呼ばれるものに遭ったのは、幼少期の頃。
父親と巡礼の旅をしていたときのことであった。
時間が空いた時にしていた簡易型のボードゲーム。
そこに何者かが参加するようになり、トーチの相手をするようになった。
(…なるほど。お前には【神様】が見えているんだね)
司教であった父は感心すると【神様】のいた席を見る。
(そうであるのなら、お前は今後も【神様】の相手をしなければならない。相手の立場に立ち、共に遊ぶことで何かわかることもあるかもしれないからね)
パチン
そんなことを考えている間に、トーチの前に一枚の駒が置かれる。
「――ん、ああ。大丈夫。別に気が散っているわけじゃあないから。真剣勝負なことはわかっているし」
トーチはそう言うと画面をタップし、次の駒を置く。
「ほい、次。でも、会ったのは先月以来。ちょうどエルフの奥方以来か」
パチン
無言で置かれる次の駒に「となるとさあ」と、トーチは続ける。
「もしかして、また【魔王】が出現しそうなのかな?」
パチン
それに相手は答えず、次なる駒が盤上に置かれた。
*
「うう…どこなのよお、ここ」
手にした端末の画面は真っ暗で、フロアは途方に暮れながら周囲を見渡す。
「――ってか、以前も次元の狭間に落ちた時にこんな感じだったし。でも、今回は広いって言うか、ぶっちゃけ図書館?」
周囲には本の詰まった棚が所狭しと並べられ、上部がドーム状になった天井の幅からも、ここが相当な広さの建物ということにフロアは気づく。
「参ったなあ。こう言う場合は休みの連絡をいれなきゃいけないのに端末がまるで使えないんだもの。どうしよう。いっそここはヤケクソで漫画でも探して読み倒しを試みるしか――」
「…あ、フロアさん。ここにいましたか!」
見れば、廊下の向こうから寝巻き姿のハタコがやってくる。
「なんか、ドアを開けたら急に姿が消えちゃって。見たら下が空洞になっていて、しかも周りの景色も真っ暗で――怖くなって、ついて来ちゃったんです」
そう言って、ゼエハアと息を吐きながら床に座り込むハタコ。
「ごめんなさい。迷惑なのはわかっていたんですけど。でも、どうしたら良いかわからなくて。えっと、出口を探さないと――」
そう言うと、ふらふらと立ち上がり、本棚に手をかけながら歩き出そうとするも、すぐに飛び出た本に引っ掛かり、床に倒れてしまう。
「あっ、大丈夫ですか!」
思わず駆け寄り、ハタコの手を取るフロア。
「ええ、すみません」とハタコは答えるも、その具合は芳しくなくフロアは周囲を見渡すと「――ちょっと、待ってくれますか」と近場の本棚へと足をかける。
「上に登って、全体を見渡してみます。出口くらい見えるかも――」
ついで棚を数段のぼり、天板にあがったフロアだが、周囲を見渡した途端に、「…嘘」と声が漏れる。
――そこにあるのは、迷路のように入り組んだ無数の本棚。
ドームのような天井は最初に見た時よりもはるかに高く、かすむほどの視線の先に出口のらしきものは見えない。
「ヤバい、ヤバい、ヤバいよお」
瞬く間に語彙力が消失したフロアだったが、ついで、自身の腕輪が光っていることに気が付き「あ、そうか」と声を上げる。
「エルフのフローと繋がっているか。もしもーし?」
それに『――聞こえてる』と至極不機嫌そうな声でフローの声が返ってくる。
『今度は何をした。今日は別件で近くに来ていたんだが、奥方の気配がまた消えこうして連絡を取ることにしたわけだが…』
「え、また次元の狭間に落っこちたとか?」
フロアの指摘に『それは合っているようで、合っていない』と答えるフロー。
『察するに、そこは魔力の溜まり場。誰かの魔力によって作り出された【場】の魔法によって閉じ込められたのだろう』
「【場】って…」と、戸惑うフロアに『よく見渡せ』とフロー。
『近くに違和感があるだろう、それが【場】の正体だ』
「あの…フロアさん」
そのとき、下からハタコの声が聞こえ「あ、行きます」とフロアは本棚を慎重に降りていく。
「違和感って、周りじゅう違和感だらけよ」
「――あのー、どちらさまとお話ししているんですか?」
尋ねるハタコに「あ、これエルフのフロー。色々あって通信してくれるの」とフロアは床に足をつけるも「…あ。エルフが?」とハタコは信じられないように目をパチパチとさせる。
「そんな、御伽話の存在と思っていたのに」
「いやー、マジでいるし性格も最悪だけどね」
そう言って、フロアはもはや何も言わない腕輪を見る。
「あ…くそ。通信を切りやがった。返事もなしにバックれるなんていい度胸じゃない。せめて、違和感の正体ぐらい教えてくれても――」
『こんにちは【死】です』
――見れば、困った顔をしたハタコの隣。
逆向きのでかい鎌を持った高身長の影がニコリと笑う。
『迎えに来ました、【死】です』
「あの、なんかこの人が案内をしてくれるそうで…従った方が良いですかね」
そんなハタコの手をフロアはつかみ、全速力で走り出す。
「――そんなもの、丁重にお断りするもんよ!」
ついで背後からガシャガシャと音がし、何者かが追ってくる音がした。
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