レポート.13「これもある意味人生」

「あ、こっちに来ちゃったの――というか、口調変わった?」


 画面を見て首を傾げるトーチに『乗り移るものが変われば、言語も変わるさ』と、先ほどよりもラフな口調で答える【聖剣】。


『ここは大量の情報が詰まっている。これほどの知識さえあれば…ん、お?』


 次第にブルブル震える剣のアイコンに「ああ、言わんこっちゃない」とトーチは、大きなため息をつく。


「今まで剣の体だったんだから、急に大量の情報をさばけるわけがないんだよ。えっと、そろそろハルさんがくるはずだけど――」


 そこに「あ、これが【聖剣】の意識が入っているっていうデバイスですか?」と声がかかり、恰幅かっぷくの良いメガネの男性がトーチからタブレットを借りる。


「警告があったから来てみれば、ちょっと貸してください」


 言うなり、タブレットに自身の端末をコードで繋ぎ、いじりはじめる男性。


「あ、ハルヒコ兄さん」と顔を上げるサウスに「ん、サウス。ちょっと今は手が離せないから」とハルヒコは端末をいじる手を止めない。


 それに何やら操作を受けているのか『わわ、何をする!』と叫ぶ剣だったが、すでにアイコンにはモザイクがかかりはじめ、人の姿や動物のアイコンへと千差万別の姿へと変わり始める。


「お、医療ゴーレムも呼んだのね。ハルさん仕事が早い」


 感心するトーチの横で二体の救急隊の服を着たゴーレムが気を失ったハスラーを運んでいく。


「ああ、やっぱり。無理に侵入したからウイルスチェッカーが反応しているし、外部にも接続しているから、このままだとハッキングされるか、消滅しちゃう。せめて、応急処置としてこうして固定をして――」


『お、わ、わ…!』


 そうしていくうちにグラフィックがだんだんと定まっていき――気が付けば、剣に二つの目と手足を生やした落書きのようなキャラクターが呆然と画面の中で直立をしていた。


「よし、安定した」


『なんなんだ、このクソださい格好は!』


 線のような腕と極度にデフォルメされた丸い手に悲鳴を上げる【聖剣】。


「ん?今は、固定化優先でこの姿にしたけど。もう少し時間をもらえれば、アップデートして希望の体に――」


「ハルさん。今日のところはストップ」と続け、後ろを見やるトーチ。


「ちょうど古代研究のモーリ先生がやってきたから。専門家に任せよう」


 そこに、人ごみの中から小柄なノームの老人が進み出ると「すまないね。先日踏み込んだ【隠蔽屋いんぺいや】の資料を漁っていたんだ」と先ほど見つけた金輪と同じものが描かれた書類を見せるモーリ氏。


「引退した【元・勇者】サウスのサインもある」


「おお、これはまさに父の筆跡」と、さらに書類を手に見ようとするノリオ氏の手をキレイにかわし「これによれば――」と続けるモーリ氏。


「当時この地にいた【魔王】が撒いた瘴気しょうきを【聖剣】の力で吸い取り、浄化するために作ったものらしい」


「え、浄化のために剣が封印されていた?」とサウス。


「そうなると、出てきた時点で俺たちは危ないんじゃあ――」


 そこに『安心しろ、すでに当時の【魔王】の放った魔力はすべて浄化し、俺の魔力と共にこの土地に還元した』とタブレットの中で【聖剣】は答える。


「ふむ、話から察するに、【勇者】サウスが当時の国王と共に最後の【魔王】を退治した物語と時期的にも一致するな」とモーリ氏。


「それによれば、【魔王】の力により天地裂けるほどの瘴気が満ち溢れ【勇者】サウスの【聖剣】と王の特別な能力によって世界は救われたとある」


「特別な力とは?」と尋ねるノリオに「――すなわち」と溜めるモーリ氏。


「謝罪の力」


「しゃざいのちから」


 思わず平仮名で答えるノリオに「世界が崩壊しかけた時に王はその特別な力を使い【勇者】と共に世界を救うと文献にいくつも書かれている」とモーリ氏。


「確かに、現国王も【聖剣】に並ぶと言われる指輪を嵌めておられるとは聞くが…世界を救うほどとは」と戸惑うノリオに「怪しいと思うのなら、私の書いた著書を読みなさい」と、モーリ氏。


「出来うる限りの資料を紐解き、まとめた私の最高傑作。今なら、古書サイトでセール中だよ」


『――その話はさておき』と【聖剣】。


『地上に積もった程度の魔力だ。七十年もあれば浄化はできる。しかしながら、いくら待てども【隠蔽屋】の封が解かれなくてな。こちらとしては終えた時点で地上に出たかったのだが、さらに十年もの歳月が経ってしまった』


「となると八十年。ちょうど私が生まれて今の年齢になる年だ」とノリオ老人。


「父は私が生まれたその年に亡くなっていた。【聖剣】の話を母や周りから聞いただけになってしまったのもそのためだったからな」


 それを聞き『そうか』と【聖剣】は声をあげる。


『――せめて、共に戦った身として、あるじの最期ぐらいは見届けたかったのだが。それなら仕方がない』


 ついで、一同を見ると『さて、これから俺をどうする?』と【聖剣】。


『すでに自身に残る魔力も無い。地上の様子を見たいがために外に出たが、主がおらず、ましてや人の体を操ったとなれば、処分されてもやむなしと――』


 それに「処分なんてとんでもない!」と声をあげるモーリ氏。


「これほど歴史的価値のある存在を何の話も聞かないうちに処分するなど、この私が許さない。というか、うちの研究室のタブレットと連携して当時の詳しい情報と過去に収集した資料との照らし合わせを…」


「それよりも、これから建てられる我が資料館に君を展示したいんだが」と未だモーリ氏の手にある、金輪の図版入りの書類をつかんで離さないノリオ老人。


「私の息子が創設したサクライ重工の最高技術によって君に快適な生活を保証しよう。そして我が家の宝刀として、遺産として残ってくれないか?」


「それに、この剣の材質!」


 そこに突然割り込んできたのは、作業服を着たドワーフ。


「こいつは、オーブを作成する時に使う鉱物をさらに精錬せいれんしたもの。これほどの強度と魔力吸収の能力はそっとやそっとじゃ作れねえ。サクライ重工さんのラボで研究して生成法が分かれば、さらに良い製品が作れるぞ!」


 ノリオ老人がガッチリつかんで離さない剣をさらにつかみ、興奮した声をあげるドワーフに「…あの、どちらさま?」と、思わず声をあげるモーリ氏。


「俺はサクライ重工・鉱物検査部門のガーリンです」


 ニカっと笑うドワーフ。


「――えっと、ガーリンさんはともかく、ギルドは何か言ってきてます?」


  そんなハルヒコの言葉に代わりにと借りたタブレットをタプタプと叩くトーチは「問題ないみたい」とメールを閉じる。


「ギルドのルイスさんも【聖剣】の魔力が地上に還元された状態なら問題なしとみなすって、あとはそちらに任せるってさ」


 それに「ん…まあ。一番良いのは本人の意向に沿うことでしょうけれど」と、言ってハルヒコは【聖剣】を見る。


「どうします?まあ、他の人の意見は聞かなかったことにしても良いですから」


 それに【聖剣】は『どうするとは…』と戸惑うと、トーチが「ようはね、おとがめなしってこと」と続ける。


「八十年ものあいだ土地の浄化をしていたんだから、むしろ功労賞もの。今まで大変だった分、好きにしてくださいってさ」


『そうか、好きにしろと…』


 そこまで話すと耐えきれなくなったのか吹き出す【聖剣】。


『――ハッハッハ。まさか【勇者】に仕え、身を捨て戦った俺に、今後の意向を聞くとは…本当に、時代は変わったものだ』


ついで周りを見渡し『よし、お前さんたちに付き合おう』と答える【聖剣】。


『人の寿命は短いがこれだけの人間がいるのだ。今後飽きることも無いだろう』


 途端にワッと歓声を上げる周囲の人々。


「やった。【聖剣】がウチにくればミュージアムの目玉が増えるぞ」


「歴史家の先生と連携すれば資料も増える」


「鍛錬法を研究できるぞ――!」


 ワイワイ騒ぐサクライ重工の社員とノリオ老人たちに「まったく騒がしい家族ですよ」と苦笑するハルヒコ。


「ひいひい爺さんの気持ちまでは分かりませんが、少なくとも僕はあなたを――【聖剣】さんを家族の一員と思っていますよ」


 その言葉に【聖剣】はハルヒコを見て、サウスを見る。


『なるほど、主であったサウスの意思は受け継がれているようだな…お前さん、名は何という?』


 それにタブレットを手にしたサウスの兄は「ハルヒコです」と答える。


「【勇者】サウスの玄孫やしゃごで、今はエンジニアをしています」


『――そうか、覚えておこう』


 そう答える【聖剣】に「いやー、良かった良かった」と、タバコを取り出し、警備ゴーレムに禁煙であることをたしなめられるトーチ。


「これで、サクライ重工に【聖剣】が戻り、一件落着。向こうさんの魔力も無いようだからこっちで回収する手間も省けたというものさ」


 ついで、喫煙室へと歩きだすトーチにフロアは「あのー」と声をかける。


「思ったんですけど。今回、私がいた意味無いですよね」


 それにトーチはしばらく黙り込むと「うむ…」とつぶやき、天を仰ぐ。


「ま、無駄なものなんて無いし。今後なにかの役に立つと思うよ?多分」


 そう言って、トーチはタバコをくわえ歩き出し、再び追いかけてきた警備ゴーレムに小突かれつつ、二人はその場を後にすることにした。

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