第4話 伊那 13歳 未来予知

 少女は、ふたたび中央噴水に戻り、同じように宇宙語をつぶやいて円盤を呼び出し、伊那を今度は記憶の館にいざなった。


 記憶の館は、伊那は何度もスピリットフレンドと一緒に訪れている。ここの中央噴水は虹でできているが、地上の虹と違うのは虹の形がアーチではなく、回転する無限の印、∞の形で虹がくるくると回っていることだ。さらに、集中して虹を見つめていると、赤外線や紫外線の部分まで、地上には存在しない色として見えてくる。新しい色の周波数を獲得するごとに、経験値があがるシステムだとスピリットフレンドが言っていた。だが、経験値があがったら何が変わるのか伊那は知らない。もしくは、聴いても理解はできなかった。伊那はときどき、紫外線の最初の色が見えることがある。赤外線のほうはまったく見えなかった。


「私たちの本のところにいきましょう。あなたが地上に戻るまえにいくつか伝えておかなくてはいけない」

 少女と伊那は、二人の魂の本へまっすぐ向かって行った。だが、少女が手にとった本を見て、伊那は驚いた。それは見慣れた伊那の記録の本だが、伊那がいつも読む本よりはるかにページ数が多かったのだ。

「どうして?いつも読む私の本と違うわ」

「私は未来予知の能力を持っている。だから、私がこの本を手に取るとき、この本には未来の章が加わっている。でも本当は、あなたも未来予知の力を持って生まれてきた。よく思い出して。あなたがこの本を読むとき、いつもスピリットフレンドが本を持っていたはず。あなたには未来予知の能力がある。スピリットフレンドはその力がない。だから、スピリットフレンドが手に取るとき、この本には未来の章がない。あなたのスピリットフレンドは、あなたに見せたくない未来があった。だから隠していたのよ。それともうひとつ、今までは開かないページがあったはず。なぜだか知っている?」

「封印されているって聞いたけど」

「封印にはいくつか種類がある。まずは年齢制限。ここにある本は、いくつかの年齢制限が設定されている。それから宇宙語を理解するかどうか。さらには、専門性を問われる本もある。

 私たちは十三才だけど、十三才は年齢制限が解除される年なの。つまり、十三才になったら、読める本が飛躍的に増える。地上の図書館でも、中学生になったらだいたい大人の本が読めるでしょう。それと同じ。十三才以上閲覧可能となっている本は多い。ちなみにページごとに封印がかかっているのは、ここの魂記の本だけで、他の館の本は本全体に封印がかかっている。ただし、この十三才は、地上の年齢ではない」

「えっ、どういうこと?」


「十三才、は魂の年齢。地上の年齢が十三才であっても、魂の年齢が十三才まで成長しているとは限らない。魂の年齢というのは、個別の魂が生まれてからの年齢という意味ではないわよ。そういう数え方をするならば、私たちはすでに数万歳になってしまう。ここの検閲にひっかかる魂の年齢というのは、あなた、伊那という体の中に入っている魂が、伊那の肉体とともにどこまで成長してきたか、という整合性を持つ年齢のこと。内面の年齢ともいえる。

 普通に十三才として成長してきたならば肉体も十三才、魂も十三才で十三才以上の本は読めるはず。でも内面の成長をサボっていたり、成長を妨げられるような環境で育っていたりすると読めないわ。十三才に求められる成長は、自分と他人の意識を切り離すこと。自分と他人は違うということを理解して、他人の夢や思いを尊重できるかどうか、それが十三才に求められること。思いやりを持てるかどうか、つまり自己中心ではだめということね。自己中心ではだめだけど、かといって他人の顔色をうかがうのもだめ。それは逆に自我が育っていないということになるから、やはり十三才の成長ではないの。

 十三才の次の年齢制限は二十三才よ。成人になるのは二十三才なの。二十三、という数字が司るのは地球への思いやり。つまり、二十三才になれば、人間だけの意識から離れて、地球にとって何が最善なのか?と考えることが求められる。必ずしも地球環境のための活動をすることが必要なわけではない。人間以外のもの、たとえば動物や植物にとって何がいいのか?ということを考えられることも二十三才と認められる。

 だけど今の地球では、人間以外の生き物のことや、地球のことを本当に考えられる人は少ない。つまり、成人できない人間が多すぎる。肉体年齢があがるのに魂年齢が下がる人だっている。お金のために地球環境を破壊して平気な人たちは、肉体年齢とは逆に魂年齢はどんどん下がっている。地球環境を破壊していなくても、愛を感じなくなる、夢を追わなくなる、信じることをしなくなる、これもすべて魂年齢が下がること。

 もちろん逆だっているわ。目覚めた意識で生まれてきて、毎日を真剣に生きていたら、肉体年齢より魂年齢のほうが早く年を取る。だけど地上では、魂年齢があがってしまっても、肉体年齢が同じ年齢の人たちに囲まれて生きなくてはいけないから、そういう人は試練が多くなってしまう。その試練を成長には役立てることはできるけれど、あなたみたいに周囲の幼さにうんざりしてしまうと、人生に真剣に取り組まなくなって、魂年齢は下がってしまうのよ。

 あなたがすでに人生に嫌気がさしているのはわかっている。あなたが地上に戻る前に、未来を見せるわ。このままでは、あなたの人生はこうなる」


 少女が指し示すページを読んでいくと、伊那が周囲の人に溶け込めず、心通じる人とも出会えず、人生にうんざりする様子が克明に描かれており、その挙句、十九才で事故死する運命だった。事故死といってもかなりの不審死で、自殺に近いというか、死んでもかまわないという意図が選んだ死だった。


「十三才で死んだ私が言うことではないけれど、私たちの魂が宿る肉体の寿命はいつも短い。そのために長生きしてようやく得られる経験、円熟や成熟の恩恵が少なすぎる。だからまた次の人生でも短い寿命を選んでしまうという悪循環に陥っているのよ。あなたはこの運命を避けて、もっと長く生きる道を選んでくれるかしら?」

「長生きしていいことがあるの?」


 伊那は今読んだ人生を送りたいわけではないが、ただ長生きする人生にも興味が持てなかった。地上ではいろいろなことに時間がかかりすぎる。なんてまだるっこしい、間延びした世界なんだろう。意図から結果までが遠すぎる。意図がそのまま結果になる、整合性のある世界が懐かしかった。


「あなたの発想が短絡的なのは、私たちがほとんどの人生を短命で終わらせたからよ。私がアプローチしているのは、あなたひとりではない。他次元の、他時空のあらゆる私にメッセージとエネルギーを送り、地上の人生を長く生きるようサポートしている。あなたは宇宙図書館にアクセスできるレベルなのだから、私の話を聞いてほしい。あなたが思っている真実は、真実のほんのひとかけらにすぎない。もしあなたが、いま読んだ人生を回避できたら、それが理解できる」

「回避したらどうなるの」

「残念ながらそれはわからない」

「それはひどくない?」

「ひどいことは承知しているから、あなたにお願いしているの。あなたが地上のルールにうんざりしているのは知っている。そのルールから外れていく生き方を、おもしろいと思ってくれるなら、チャレンジする価値はあると思う」

「面白いかもしれないけれど、私はさっき読んだ人生か、それを選ばないか、どっちかしか道がないってことでしょう?」

「選ばない場合、あなたの可能性は無限に増える。つまり道はふたつではないということ」

「今読んだ人生は、私がそもそも予定していた人生なの? それとも、これはすでに失敗?」

「人生にはいくつか成功と失敗の分かれ道があって、あなたは失敗の道へと大きく歩んでしまっている。それはあなたの失敗なのか、スピリットフレンドの失敗なのかはわからない。失敗は七才のときに始まっている。ふたりの別れの年を十三才にまで引き延ばしてしまったことよ。

 でも、あなたもスピリットフレンドも、どうがんばっても七才では別れられなかった。七才から十三才までの六年間、あなたがたふたりが幸せだった分、あなたの未来の幸福は削られてしまった。見えない友人がすぐそばにいるのは、今の地球ではよいこととはいえない。あなたはその分、地上の友達もできず、地球のルールになじめず、完全に異端者よ。そしてこの先も、あなたはずっと異端者であり続けるわ。異端者になってしまうのは私たちの宿命で、どうにもならない」

 伊那はため息をついた。

「私が予言通りの人生を選んだらどうするの?」

「その場合は記憶を消すわ」

「簡単に言わないで。予言通りの人生を外れる方法はあるの?」

「肉を食べれば外れられる」

「えっ」


 たしかに伊那は肉が嫌いだ。どの肉もこの肉も、死んだ獣の腐った臭いが漂っている。どうして他の人たちはこんな臭いものを食べられるのだろう。


「それはちょっと、つらいわ」

「それこそが、あなたが地上に馴染めない原因を作っているわ。このままではあなたは地上の些細なトラブルに耐えられなくなっていく。肉を食べることで、あなたは鈍くなる。いろんなことを感じなくなる。そうすれば生き延びられる」

「あまり楽しくないけれど・・・」

「いろいろな回り道を検討してみた。それがもっともマシな道なの。私は毒を飲んだ。あなたは肉を飲んでほしい」

「飲むの?」

「臭いのはわかっているわ。鼻をつまんで息を止めて飲み込んでみて。すぐに臭さは感じなくなる」


 伊那はすぐには返事できず黙り込んだ。少女は何も言わずに黙って伊那を見ていた。


「わかったわ。それしか道がないのね。あと6年で死にたいと思っているわけではないから、そうするわ」

「わかってくれてうれしいわ」

 少女は珍しく、少し微笑んだ。

「最後にもうひとつ、自分が発する言葉にはよく気をつかってね。あなたの言葉はすべてあなた自身に戻ってきて、あなたの運命を左右するのよ。話す言葉はもちろん、頭の中の言葉も同じで、あなたの運命を左右する。 

 まだまだ伝えたいことは尽きないけれど、そろそろこの次元での時間は終了だわ。あなたをもとの世界に戻さなくてはならない。あなたはすでにアクセス権は得ているので、ここに来ることはできるわ。ただ、次にここに来るのはずいぶん先になってしまうでしょうね。

 ここに来るには、目覚めたまま来る方法と、夢で来る方法のふたつがある。目覚めたまま来るには、あなたが今日使ったように、円周率の扉を使うか、幾何学の扉を使うか、あなたがその気で探せば地上に扉は他にいくつも用意されている。方法は簡単。美しいと感じるものに心の焦点と額の中央の焦点の二つをあわせるの。それから足とハラを地球にしっかり繋いでおくのを忘れないこと。これが命綱になるわ。やがて美を転換ポイントとして向こうの世界が額のスクリーンの中に広がり、情報を本や映画、あるいはチップのように読み取り、持ち帰ることができる。夢でこちらに来るには、眠る前に夢の行き先を自分の額の中央に焼き付け、ハートを静めること。ただ眠るのではなく、目的を定め、集中力を持ち、意識を明晰にして夢の世界に旅立つこと。そうすれば、この図書館に降り立つことができる。では、さようなら、あなたの幸福を祈ります」

「えっ、ちょっとまって、まだ準備が・・・」


 伊那が慌てている間に、あっという間に少女の顔は霞がかったように遠ざかった。それとともに図書館の映像のすべても霞がかかり、もやに包まれ、目を何度かぱちぱちさせると、唐突に自分の部屋に戻っていた。あまりにも唐突で、あまりにも現実とのつながりがねじれていた。まるで目に映る画面をぐるっと反転させたかのようだった。

 伊那は勉強机に座ったままだった。ベッドの中でさえなかった。勉強机で数学の円周率のページを開いたままの、そのままの形。時間としては一分も経過していないのかもしれない。もしかすると、経過時間は計測されていないかもしれないと思った。


 さて、どうしよう。いや、どうしようもこうしようもない。ともかくは肉を食べることだ。少女の瞳がはっきりと心に残っていた。伊那の意識は澄んでいて、それ以外の道はないとわかっていた。

 死ぬか、生き延びるか、私は生き延びる道を選ぼう。


 動物の肉を口にしてから、あっという間に伊那の意識には雑音が入ってきた。明晰な意識はなくなり、他の仲間たちと同じように、不安や恐れ、焦りに囚われるようになった。そのかわりにひとりではなくなった。仲間ができ、友達ができた。スピリットフレンドへの愛を失うことはなかったが、その世界も少しずつ遠ざかっていった。


 伊那は、菜食主義者たちの「動物の肉を食べるなんて残酷なことです」という意見を聞くたび、心の奥に痛みが走る。では、私は肉を食べないまま、死んでいく道を選べばよかったのか・・・。それに、植物たちが人間に与えてくれるのも動物たちと同じ命ではないのか。植物の命は軽くて、動物の命は重いのか。そんな違和感を感じながら成長していった。

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