婚約解消ですか?!分かりました!!

たまこ

第1話


「ルシル様。ベンジャミン様に近付くのは止めてくださらない?迷惑しているの。」



 そう、二つ年上の侯爵令嬢ヴィクトリア様から言われ、私は漸く、点と点が繋がった、そんな気がした。


 私が大好きで堪らない婚約者ベンジャミン様へ、どんなに話しかけても返事を貰うどころか視線すら合わないこと。婚約者として最低限の交流はしてくださるけれど、それも気が進まない様子であること。私はずっと見ていない、ベンジャミン様の笑顔を、ヴィクトリア様には何度も向けていたこと。



 そう、ベンジャミン様とヴィクトリア様は愛し合っており、私はお邪魔虫だったのだ。




「ヴィクトリア様、分かりましたわ!」




「そう、でしたらベンジャミン様に近付くのは……。」




「ええ、私、必ずベンジャミン様と婚約解消しますわ!」



 腕捲りをし拳を突き上げる、令嬢らしからぬ私の行動を見て、目を丸くしているヴィクトリア様を置き去りにして私は走り出した。






◇◇◇◇







 ベンジャミン様と私の婚約が結ばれたのは、今から十年前、ベンジャミン様が八歳、私が六歳の頃だった。



 ベンジャミン様は公爵家の嫡男であり、私は伯爵家の長女で、家格の差があり通常であれば婚約は結ばれない。だがベンジャミン様のお父様と私のお父様が仲が良く、両家では交流があった。初めは、私のお兄様、レナードがベンジャミン様と同い年ということもあり、遊び仲間になっていた。子どもの頃の二歳違いは、大きい差があり、私はお兄様とベンジャミン様の遊びについていけないことが多かった。そんな時、いつも私を待っていてくれるのは、手招きしてくれるのは、ベンジャミン様だった。




 ベンジャミン様は、当時から無口で殆ど声を聞いたことはない。だが、私が必死で、お兄様とベンジャミン様に追い付こうと走っている姿をいつも優しい眼差しで見守ってくれていた。私はあっという間にベンジャミン様の虜になっていた。




「おとうさま!!どうかベンジャミンさまとこんやくさせてください!!」



「ルシル……まず、その大声を直さないと、どこの家にも婚約の申し込みは出来ないよ。」



「なおす!!なおしますから!!!!」



「……直す気が無いじゃないか。」



 元来お転婆で、お淑やかさに欠ける私には次期公爵夫人は無理だと、散々説得された。私は怒ったり、泣いたり、喚いたりして、お父様は渋々ベンジャミン様の家へ婚約の申し込みをしてくれた。お父様としては、公爵家から断られたら、私も納得してくれるだろう、という思惑があったようだが、何故だか私たちの婚約は成立した。お父様は、今でも首を捻っているが、当時の私はそれはそれは大喜びだった。



 婚約が成立して初めてのお茶会でのベンジャミン様の言葉を、私は忘れられない。




「……ルシル。ずっと一緒にいよう。」



「はいっ!!!!」



 この時、私はどんなに幸せだっただろうか。私たちはまだまだ幼くて、それからも遊び仲間のような関係だったけれど、それでもベンジャミン様は私のことを大切にしてくれていたと思う。……学園に入学するまでは。





◇◇◇◇



 三年前、ベンジャミン様が学園に入学した頃から、私たちの関係は変わっていった。ベンジャミン様は元々無口だが、今まで以上に声を聞く機会が減ってしまった。そして、私を優しく見守っていた眼差しも、この三年間で一度も見たことがない。婚約者として定例のお茶会も頻度が減ってしまい、お会いする機会自体減ってしまっていた。当初は、学園に入り忙しくなったのだろう、と思っていた。しかし昨年、私が学園に入学した当日。




「ベンジャミン様!」



 久しぶりにお会いするベンジャミン様の元へ駆け寄ると、ベンジャミン様は眉間に皺を寄せた。




「お久しぶりです!お会いできて嬉しいです!!」



「……っ!」



「新しい制服、どうでしょうか?」



「……。」



「ベンジャミン様?」




 ベンジャミン様は、何も言わないまま、くるりと踵を返すと反対方向へ消えてしまった。残された私は、暫く呆然としてしまったが(忙しかったのね!)としか考えず、それからもベンジャミン様の姿を見つける度に駆け寄って声を掛けた。毎回、ベンジャミン様が眉間に皺を寄せていても、見ない振りをしていた。そんな日々を一年ほど続けていると、ベンジャミン様の周りに、いつもヴィクトリア様がいるようになった。ベンジャミン様は、ヴィクトリア様が来ても、眉間に皺を寄せることは無かった。



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