【南城矢萩視点】学生の本分はベンキョーだからな!

「何だよ。やっぱり心当たりあんじゃねぇかよ!」


 思わず声を荒らげると、夜宵は真っ赤な顔で両手をぶんぶんと振った。


「違っ! 違うんだって萩ちゃん! 駒田さんは萩ちゃんのことが好きみたいで」

「はぁ? 俺ぇ? 駒田となんて何の接点もないぞ?」

「それは僕も知らないよ。それに、それを言ったら僕だって別に駒田さんと特別仲が良いわけでもないし!」


 必死に否定する夜宵の話ではこうだ。

 

 駒田が何やら俺に気のあるようなことを言っていたから、好きなのかと聞いてみたそうだ。


 すると、なぜそんなことを聞くのかと返され(まぁそりゃそうだ)、さらにこう言われたらしい。「神田君は、私が南城君のこと好きだったら、どう思う?」と。


「それで、ちょっと困るかも、って答えちゃったんだ」

「夜宵は、駒田が俺のこと好きだったら、困るのか?」

「困るっていうか、あの、ええと、その、ちょ、ちょっと困るかなーって。ほ、ほほほほら! 僕達受験生だし、その、恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないっていうか! 僕が心配することじゃないけど! ないんだけど!」


 何だ。てっきり、実は夜宵が俺のことを好きなんじゃないか、ってちょっと期待しちゃったじゃねぇか。でもまぁ確かに受験生だもんな。夜宵と一緒の高校行くつもりだから、マジで頑張らなきゃだし。


「変なこと言っちゃってごめん。僕が口を出すべきじゃなかったんだけど。もし、萩ちゃんが駒田さんのこと好きだったりとかし」

「ないない。それはない。それはないから大丈夫だ」

「そんな食い気味に否定しなくても」


 食い気味に否定もするわ。

 俺が好きなのはお前だっつぅの。他のやつなんか眼中にねぇわ。なんてまさか言えねぇけど。


「でもまぁ、わかった。そういうことか」

「でも萩ちゃん、それで今日元気なかったの? 今日っていうか、昨日の帰りから?」

「――うっ」


 そうだった。そういう話だった。駒田の話がどうこうというか、俺がなぜ怒っ――てたわけじゃないけど――てたか、っていう話だったのだ。


「お、俺だって同じだよ! 夜宵がその、恋愛にツツツ? を抜かしてんじゃねぇか、って俺は心配でだな!」

「ツツツ、って。うつつだよ、萩ちゃん」

「そう! それだよ、それ! が、学生の本分はベンキョーだからな! うん、恋愛とかそういうのは、早いんだ、俺達には!」

「そうだね、早いよね」

「そうだ! そういうのは、その、受験が終わって、高校生になってからだよな! だよな!」


 強く拳を握りしめ、そう高らかに宣言して、大股でずんずんと歩く。やべぇ、いまの感じ、何か兄貴に似てる気がする。台詞とかじゃなくて、勢いとか、動きとかが。そんなことを考えてしまったのを打ち消すように、ぶんぶんと頭を振る。似てない。俺はあんな脳まで筋肉になってる筋肉馬鹿とは違うんだ。いいやつだし、嫌いじゃないし、すげぇなって尊敬出来る部分もたくさんあるけど、あそこまで脳筋じゃねぇし、俺。


「萩ちゃん、ごめんね」

「だから、夜宵は謝んなって。夜宵が悪いところなんて今回一個もねぇんだから」

「ううん、さっき頑固者って言っちゃったから」

「別に、気にしてねぇって、おあいこだろ。俺も言い返しちゃったし」

「萩ちゃん、また一位取れるかな」

「あ? ラクショーだっつぅの。見てろ、本番。最前列でな」

「わかった」

「百メートルも、選手リレーもぶっちぎってやるから」

「百メートルはそうだろうけど、リレーは時の運もあると思うよ」

「はっはー! 運命ってのはな、己の手で掴むもんなんだよ」


 と、カッコつけてから、はたと気付く。

 この発言もやっぱりちょっと兄貴っぽい、と。そういや常々言ってたっけな、「運命とは、己の手で掴み取るものなのだ! ワッハッハ」って。やべぇ、完全に影響受けてんじゃん、俺。クソ、馬鹿兄貴め。帰ったら覚えてやがれ。


「己の力で、かぁ。ねぇ萩ちゃん、駒田さんにちゃんと言った方が良いかな。僕別に君のこと好きじゃありません、誤解させてごめんなさい、って」

「……うーん。どうだろうな。でも、告白されたわけでもないのに、いきなりそんなこと言うのもどうかと思うぞ俺は」

「確かに。でも、このままだと知らない間にカップル認定されちゃいそう」


 確かに!

 駒田にそんな気がなくても周りの女子共が余計なことしそう!


「とすると、それとなく『いまは誰とも付き合う気はありません』っていうのを匂わせる、とか?」

「成る程。なんか難しそうだけど、頑張ってみる!」

「大丈夫か?」

「大丈夫だよ。元はと言えば僕が余計なこと言ったのが悪いんだしさ」

「そうかもしれねぇけど。困ったら、俺を頼れよ? いつでも助けに飛んでくからな」

「ありがとう。頼もしいね、萩ちゃん」


 そう言って笑う夜宵は、いつものあの、ちょっと眉を下げた顔である。顔色だってもう随分いい。とはいえ、寝てはいないんだろうし、飯もちゃんと食ってないから、本調子ではないんだろうけど。


「安心したら、眠くなってきちゃった」

「寝る前になんか腹に入れろよ」

「うーんでも、まだお腹は……」


 と、夜宵が腹に手を当てた瞬間、なかなか立派な音が聞こえ、「ちょ、タイミング!」と俺達は顔を突き合わせて笑った。

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