陰キャの僕が主人公キャラに陽キャ化プロデュースされてることを陰キャ仲間に知られたらたぶん殺される

アーブ・ナイガン(訳 能見杉太)

第1話 陰キャたちの陰すぎる日常

「くそぉ、何が打ち上げだよ、高校の文化祭ごときで浮かれやがってよぉ。僕らのことオタクだって見下してるくせに、お前らの方がよっぽどアニメに影響されてるじゃないか! 熱っ!?」


 拳をちゃぶ台に叩きつけた振動で、湯呑からこぼれたお茶が思いっきり手に直撃した。


 くそぉ。これも全部、文化祭で男装女装喫茶なんて内輪ノリの茶番劇やってたあいつらのせいだ。

 世界から争いが絶えないのも、地球温暖化も、僕が太っているのも全てあいつらのせいなんだ。


 そんな僕の不幸を前にして、向かいに座るチビ地味ダサジャージ女が「いっひっひ」と不気味に笑う。


「いひ……ッ、ボクらんとこのクラスもそうだぞッ、どうせ酒でも飲んで、そのまま乱パココースだろうなッ! て、停学になればいいのに。そうだッ、いいこと思いついたぞ、一太いった。奴らの不祥事を撮影して、学校に密告しようじゃないかッ!」

「ヤミ子……天才か、君は。よっし、野球部もサッカー部もバスケ部も全部まとめて出場停止に追い込もう」

「いひッ、こ、甲子園の魔物の前に、ボクらの魔の手で奴らを沈めてやろうではないかッ、あっ」


 僕に称賛されてテンションが上がったのか、ヤミ子が勢いよくソフト煎餅の個包装を開封。中からパウダーが噴き出して、ヤミ子の血色の悪い顔にぶっかかっていた。


「あっは、バカだ。ハッピーパウダー顔射女がいるぞ、伊吹いぶき


 うぷぷと笑う僕に、傍らのチビガリも嘲笑で続く。


「国内には需要ないと思いますけどね、オレは。でも、どっかの国のロリコンには受けるかもですよ。ヤミ子、そっち系のいいサイト知らないんですか? そういうの詳しいでしょう」

「な、何で自分の顔がどっかの変態にシコられるためのサイトをボク自身に紹介させるのだッ!? カメラを向けるでないッ! 某国の地下で流行ってる変態が集まる動画共有サイトがあってだな、そこでならボクも消費されまくるかもしれん。いぇーい、ケビンさん見てるぅー?」

「誰なんすか、ケビンさん。アへ顔ダブルピースやめてください」


 鬱屈としていて下品で不謹慎。それでも楽しい。

 溜まり場であるヤミ子の部屋で無為に過ごす、陰キャ三人組のいつも通りの日常だ。


「ていうか、アレですよ。飲酒盗撮なんて不可能っす」


 伊吹が、片目を隠した長い前髪をいじりながら続ける。


「一太のクラスもオレらのとこも、打ち上げとやらには担任・副担任も参加してますから。あいつら、若者と距離が近い大人を演じてるんです。教え子らの青春を生温かい目で見守る自分に酔ってるんです」

「うわぁ……きっしょいなぁ……!」


 さすがの僕もドン引きだよ、それには……。


「そ、そういえば伊吹の言う通りであったなッ! 一太、うちの副担のあの若い女なんてな、文化祭の演劇でヒロイン役と王子役演じた二人を茶化しておったぞッ!?」

「おっえぇ……きっつぅ……! 君らのクラスやってたのって、白雪姫の現代版アレンジだったっけ。うわわわわぁ……そういうのさっむいわぁ……!」

「うひッ、で、でもな、一太ッ。小物係とかいう奴隷労働を押し付けられたボクが、ちゃんとリンゴに呪いをかけておいてやったからなッ! あのリンゴは、云わば本物の毒リンゴ……奴らは必ず破局するッ!」

「ヤミ子って恋愛系の呪いも使えたんだっけ?」

「あ、ああ、アーバンボーイズの動画で見たやつだから間違いないぞッ」

「うっわ、信用できねぇ」


 この呪いに関してはヤミ子自身も信じてはいないだろうけど、まぁ気分の問題だ。

 ヤミ子の呪いによって、たびたび、僕らの溜飲を下げてもらっているのも事実。

 まぁ下がったところで、一瞬で溜まるんだけどな、世の中への不満なんて!


「でもオレとヤミ子なんてマシな方ですよ、実際。一太の置かれた環境には同情します」

「おい伊吹、君、口元ニヤけてるからね? 絶対僕の不幸楽しんでるよね?」


 しかし、この前髪チビの言う通り、僕の学校生活はかなりの地獄だ。

 何てったって、校内一目立つ陽キャグループがクラスにいるのだから。

 全然不良とかでもないし、騒がしいタイプでもないのが不幸中の幸い――とも、言い難い。


 あの男女四人組は学業成績もトップクラスなのだ。最近の高校生のトップカースト連中はそういうタイプが揃っている。

 教師ウケも抜群。友達同士のような距離で教師をイジって、それが向こうにも喜ばれたりしている。

 むしろ大人に疎まれているのは僕らのようなコミュ障陰キャたちで。


 だから僕らは直接何をされたわけでもないのに、常に奴らに虐げられているような気分になってしまうのだ。


「うひッ、あ、安心しろ、一太。陽キャなんて獣みたいなものだッ、孕み孕ませて退学するのも時間の問題だろうッ」

「残念だけどな、ヤミ子。今どきの陽キャには僕らなんかよりよっぽど正しい性知識が身についているんだ……そして、万が一妊娠しても、周囲にちゃんと理解力とサポート力があるから、普通に幸せそうに登校し、勝ち組の人生を送り続けるんだ……」

「なッ、何だとッ……! それではボクの懐妊呪術も宝の持ち腐れになってしまうではないか……ッ!」


 そんな呪術も持ってたのかよ。それ、ただの子宝祈願じゃねーか。ホントに効果あるなら、それで荒稼ぎできるだろ。


「絶対家も金持ちですもんね、あいつらって。格差社会もここまで来たかって感じですよ。両親に捨てられ、大好きな祖父も亡くして、汚い畳部屋でチビデブとチビガリにチヤホヤされて喜んでるオタサーの姫、ヤミ子の気持ちにもなってほしいものです」

「い、言っていいことと悪いことがあるぞッ!? お前ら二人といっしょにいたせいで、オタサーのボクっ子姫(笑)と陰口叩かれてたことを知ったときのボクの絶望がお前らにわかるのかッ!? 十年間つるんでてチヤホヤなんてされたこと一度もないのにッ!」

「家庭環境のことは言っていいことだったのか……ヤミ子、恵まれなさ過ぎて感覚バグってるな」


 あとボクっ子は君が勝手にやってることだろ。


「お前らだって片親だろうがッ。ふひひッ、保護者の数でボクにマウント取れると思うなよッ」

「でもヤミ子の場合、ばあちゃんの年齢考えたら、そろそろオレと一太の完封勝ちになりますよね。オレん家は金魚三匹飼ってるんで一点差でオレが優勝です」

「伊吹お前、金魚一匹を家族0.33人とカウントしているのかッ……? 体だけじゃなく心にも病気を抱えていたのだな……」

「幼なじみの基礎疾患をイジってくるオカルト女に言われたくないですねぇ」


 いや、まず家族の数を得点として認識するなよ。三人合わせて親二人って、何だこの日本の闇を凝縮したような集団。


 僕が愚痴って、ヤミ子が呪って、伊吹が腐す。

 そんなこんなで今日も僕たち三人は、他人の悪口と自分たちの貶し合いだけに、高校二年生の貴重な時間を費やしていくのだった。

 うーん、青春って最高だぜ!




「じいちゃん、見ていますか? ていうか臭ってますか? 今日でヤミ子の緑ジャージは三日目です。九月でこれはいろいろギリだと思います」


 仏壇の前で手を合わせ、伊吹が神妙に語り続ける。


「でも安心してください。ヤミ子の周りに人はいないので、大して周りに迷惑かけることもないかと思います。もうそろそろ、ばあちゃんもそちらに逝きますので、どうか二人で安らかにお過ごしください」

「おい、ヤミ子。こいつ、ついに本人の前で逝くとか言い出したぞ」

「そ、そう責めてやるな、一太。発作みたいなものだからなッ、ふ、ふひひッ」


 ちなみに、もうすぐ逝く発言を受けた当のばあちゃんは、「伊吹は相変わらずねぇ」と穏やかに微笑んでいる。

 さすが、僕らの唯一の癒し。十年前からこの温かさは全く変わらない。


 時刻は二十時。そろそろ僕と伊吹もお暇する時間だ。

 クラスの連中はまだお好み焼き屋でフィーバーしてやがるだろうからな。ここで奴らと差をつけてやるんだ。早く帰ってポテチ食ってシコって寝る。奴らが遊んでいる間に、僕は着実にこの身に脂肪を蓄えてやるんだ!


「じゃ、ばあちゃん、また明日。あ、柿持ってくるから、今年も干し柿作ろうよ」

「あーオレもお中元で届いてた缶詰とか持ってきますよ。うちじゃ誰も食べないし。ばあちゃん、フルーツみつ豆好きでしょう?」

「あらあら、毎年悪いねぇ。そうだ、一太も伊吹もちょっと待ってて。亜美子や、あれ持ってきて」


 帰り際の玄関で引き留められ、ヤミ子がめちゃくちゃ億劫そうに持ってきたタッパーを手渡される。

 ちなみに亜美子とはヤミ子の本名である。矢田亜美子、略してヤミ子。センスの欠片もないネーミングだ。誰が考えたんだか。あ、僕か。


「残りの煮物ね。私と亜美子じゃ食べ切れないから、助けてちょうだい」


 今日も晩ご飯まで食べさせてもらって、さらに明日の朝食まで決まってしまった。

 いつものことだけど、いつまでも当たり前に思ってちゃいけないのかもしれない……とか考え始めると気が沈むのでやめた。僕は都合の悪いことは考えないようにしている。


 先のことは先の僕が何とかしてくれるだろう。

 うん、無理だな! 行政様に頑張ってもらおう、何もかも! 僕だってきっちり消費税納めてんだ!

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