愛されていた。手遅れな程に・・・

月白ヤトヒコ

王太子殿下と寝所を共にするだなんて悍ましい。


 二つ年上の婚約者と、結婚した。


 俺は、婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。


 けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。


 謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、


「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」


 謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。


 それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね――――


 昨日、式を挙げた。


 なのに・・・


 婚約者……いや、もう結婚したのだから妻だな……は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。


 夜中を過ぎても寝室に来ないときには、遅いなぁ……とは思っていた。ただ、女性は身支度に時間が掛かるものだと聞いていたし、豪奢なウェディングドレスは着付けに時間が掛かっていたから脱ぐのも時間が掛かるのだろう、と。


 なかなかやって来ない妻のことを不安に思いながら過ごしていたら――――とうとう朝になってしまっていた。


 侍従が当たり前のように、一睡もしていない俺を起こしに来た。


 そして、涼しい顔で今日からの予定を伝える。


「え? なにそれ?」


 普通は、結婚したら夫婦二人っきりで過ごす蜜月期間があるものだろうっ!?


 なのに、仕事の予定がみっちりと詰まっていた。


 これでは彼女に会う時間も無いじゃないか!


「妻はどうしている」


 そう尋ねると不思議そうな顔をされて、


「王太子妃殿下はお変わりなく」


 と返された。


「妻に会いに行く」

「え? あ、待ってください王太子殿下!」


 呼び止める侍従の声を無視して、婚約者……妻の許へ向かおうとして、彼女がどこにいるのかを知らないことに気が付いた。


 一旦戻って、侍従に妻のところへ案内させる。


 そして、妻のいるところだと案内されたのは、普段は城に居を構えない自国の王族を泊めるための客間だった。


 なぜ、俺と結婚して王太子妃となった妻が客間に?


 至極嫌な予感をひしひしと感じながら、ドアをノックしようとしたら・・・


「お嬢様、宜しかったのですか? 一応仮にも昨夜は初夜でしたのに」

「ええ、構わないわ。というか、王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい。そういう話題は二度と振らないでくれるかしら?」

「そうでしたね! 一応聞いてみただけなので、二度としません!」


 妻の、冷たい声に明るく応える侍女の声。


 俺は・・・


「あ、ちょっ、殿下っ」

「今のはどういうことだっ!?」


 侍従が止めるのも聞かずに、客間へ怒鳴り込んだ。


「あら、おはようございます。王太子殿下」


 少し驚いた顔をして。けれどにこりと、いつもの優しい眼差しが俺を見やる。さっきの冷たい声が、嘘だったかのように。


 しかし、おそらく妻のさっきの言葉は俺の聞き間違いではない。その証拠に、俺の侍従や彼女の侍女達があからさまにしまった! というような、気まずそうな顔を一瞬したのを俺は見逃さなかった。


「今の、というのはなんのことでしょうか?」


 きょとんとした、本当になにを言われたのか……いや、聞かれたのかわかっていないという顔をする妻。


「君が今っ……俺とっ、寝所を共にするのは悍ましいと言っただろうがっ!?」


 胸が抉られるような気持ちで、ついさっき彼女が言ったことを問い質す。


「君はやはり、俺のことを許してなんてなかったんだなっ!?」


 婚約者時代……それも長い期間俺は彼女を冷遇して、婚約の解消や破棄まで企んだこともある。無論、それは大人達が許してくれず、彼女との婚約は継続されたが――――


 けれど、それでも俺は、彼女のことを愛してしまった。散々冷遇した後に・・・


 どうにかこうにか、挽回できたと思っていた。


 彼女は俺を許してくれたし、その後にちゃんと婚約者らしい態度と、そして愛を伝える努力を続けて、その結果が昨日の結婚式なのだと、そう思っていた。


 なのに、なのにっ・・・やっぱり、彼女は俺のことを許してなんかいなかった。


 故の、さっきの『悍ましい』という発言なのだろう。


 思わず、彼女をめ付ける。きっと、今の俺はとても恨めしいというかおをしている。


 だというのに、彼女は・・・


「まあ、そんな悲しそうなお顔をして、どうしたのです?」


 いつものように、優しい眼差しで俺を見詰めて微笑んだ。


「俺のことが嫌いならっ、嫌いだと言えばいいじゃないかっ!! そんなに嫌なら婚約だってっ・・・解消すればよかったじゃないかっ!!」


 我ながら子供っぽいと思う。


「あらあら、困りましたわね・・・でも、殿下が仰ったのですよ?」

「なにをだっ!?」

「『お前のように、年増のクセに家の権力で無理矢理婚約者の座を奪い取り、俺が嫌がっているのに辞退もしないような厚顔で不遜な女なんかとは、絶対に結婚したくない。もし無理矢理結婚させられたとしても、お前なんか絶対に愛さないからな』、と。わたくしにそう仰いましたわ」

「っ!?」


 そ、それは・・・途轍もなく、覚えがある。確か、小さい頃にそんなことを言った覚えがある。


 今なら、判る。彼女が、家の力を使ったワケでもない、無理矢理俺の婚約者に収まったワケでもなかったということが。


 俺と彼女との婚約は、他国の情勢が不安定になったから結ばれたものだ。周辺諸国の情勢が不安定になり、貴族派筆頭公爵家の彼女と、俺との婚約が結ばれた。


 我が国が、他国の情勢不安の煽りを受けたり、他国へと付け込まれないようにするため。だから、俺がどんなに嫌がっても、絶対に覆らなかった婚約。


 今は、以前程の不穏さはなくなったと言える。だが、それでもやはり油断はできない。


 だから、彼女が本当は俺のことを許していなくても、本当は俺のことを嫌っていても、国のために王太子である俺に嫁ぐしか選択肢が無かったと、そう判っているのに・・・


 元は全て、なにも理解していなかった俺が悪いというのに。八つ当たりのように彼女を責める俺は、小さな頃となにも変わっていない。


 彼女の侍女が、俺に冷たい視線を向けている。ああ、こんなところも子供の頃と変わらないな、なんて自嘲で胸が一杯になる。


 でも、俺は、変わったんだ。彼女に惹かれて。今では、彼女のことを溺愛していると言っても過言ではない。


「昔は、そう言ったかもしれないが・・・今は、君を愛している。君のことが好きなんだ。昔のことを許してほしいとは言わない。だけど、頼む。俺に、やり直す機会をくれないか?」


 彼女に跪いて、乞う。


「あらあら、困りましたわ。わたくし、殿下のことを嫌ってはいませんのよ?」


 にっこりと、彼女は優しく微笑む。いつもの、包み込むような笑顔で。


「わたくしも、殿下のことを愛していますわ」

「っ!? そ、それならっ……」


 愛していると言われ、現金にも嬉しくなる。しかし、


「なので、殿下と夫婦になるのは無理です。つきましては・・・お飾りの正妃を立派に務め上げますのでご安心くださいませ」

「なぜだっ!?」


 そう詰め寄った俺に、


「それは、わたくしの問題でもあるのですが・・・」


 彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。


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