第44話 星を眺めて

 あの日から季節が変わった。肌寒くなった夜空は星を明るく美しく映し出していた。マーラは星を眺めて深呼吸する。南向きの緩い斜面は寝転んで星を見るのに一番都合の良い場所だった。

「マーラはあのタッカーさんと関係があるの?」

 ショールを掛け直しながらマーラが答える。

「さあホントはどうなんだろう。タッカーさんは一人娘のデイジーの娘だと私のことをそう言うわ。髪の色も目の色も同じなんですって」

「デイジー?君のお母さんの名前?」

「ううん、私のお母さんはエリーっていうの、そう教えられてきた。私が生まれてすぐ死んでしまったからお母さんのことはレシピ本くらいかな…残っているのは。あとお父さんの糖度計を入れた小さなポーチ。丁寧な刺繍がしてある。マーキュリーおばさんから貰ったお父さんの遺品に入っていた。そのくらいかしら…直に貰ったものは何も無い。思い出もないの。お父さんが11歳の時亡くなって、無口な人だったから何も聞いてないし」

「本当のことを全部知りたい?」

「どうかな〜私面倒くさがりだから、知れば放っとけなくなって大変になるのが嫌なのかな」

「自分のことを知りたくてたまらない人も居るのにマーラはそうじゃないんだね」

「タッカーさんという人が良くわからないの。私の印象の中にいるタッカーさんは、なんでも買ってあげる。欲しいものは何?って。どんどん聞いてくる人。綺麗な服を着て、厨房なんか入らないでワイン造りをしなさいって、そこは、とても窮屈な感じがするの」

「前に工房に行った時ワインにとても詳しい人だったね。美味しいワイン作りには目がないみたいだった」

「うんワインはすごく好きみたい。この前のワイン祭りの時もニコニコして楽しそうだったわ。根っからワインが好きなのね〜」

「マーラも美味しいワインを飲んだら気持ちが解ったりするかな?」

「飲めないなんて言ってちゃ駄目ね」

「うちの美味しいワインで飛び切りのディナーに招待してみる。タッカーさんがびっくりするような」

「うちのってトーマスはもうここの人みたいね。トーマスのそのアイデアに飛び付けない私はまだまだ駄目ね。心が硬いわ」

「僕が飛び切りのディナーが好きなだけさ。マーラはそうでも無い。いつも出来るだけ質素にいようとするから、贅沢な暮らしをさせたいテッカーさんとは理解が違う感じになる」

「癖なの、贅沢はしたくない。って考える。贅沢は怖いの。何故かな〜」

「何故?」

 声が合ってはにかんだ。

「ふふん、何故かな〜お父さんが贅沢に頓着だったから、全然オシャレしないの。ワインに夢中だったから、その姿しか知らない。作業着がなにより良く似合ってた」

「僕は?割とオシャレだと思うよ。嫌じゃない?」

「トーマスはそれが似合ってる。ワインの仕込みの時も白シャツにちゃんとニッカーボッカー履いてエプロンしてそれがとても良いと思うわ」

「人それぞれって事だね。一番似合ってるものでいいって思ってるだけだ。寛容だよ。頑ななんかじゃない」

 自分の良くないところもトーマスと話をすると違う見方をしてくれる。それにホッとするマーラだった。

「御招待…してみようかしら。ローサと相談して飛び切りの美味しいディナーに」

「うん、ゆっくりテッカーさんを知っていけば良いんじゃない。マーキュリーさんとの歴史とは程遠くて気の毒過ぎるからね」

 この農場に人を招待したことなんてなかった。初めて招待する人がテッカーさんだなんてとマーラはまたはにかんだ。

 マーラの一日がちょっと忙しくなる。どんなディナーにしようか、誰を招待しようか、トーマスをなんて紹介しようか心は逸るばかりだった。

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