第2話 歪み始めた日常

 ―― 1日前 ――


 いつもの昼下がり――


 俺は部屋でダラダラとテレビを観てただけだった。


 だけど、突然――


「……なに、これ」


 俺の視界が、“ズレた”。


 テレビの画面に縦線が入り、右半分がぐにゃっと歪む。

 いや、ズレていたのはテレビだけじゃない。壁も、机も、窓の外さえも――全部が、数センチずつ、別の次元へ引き裂かれていた。


(うそだろ……目が壊れたのか!?)


 映像は、まるで古い3D映画をメガネなしで見たように、赤と青の像が重なって見える。

 酔いそうなほど気持ち悪い。でも、痛みはない。


 一晩寝ても、視界は治らなかった。


「マジかよ……」


 さすがにヤバいと思って、俺は病院に駆け込んだ。



 ---


 俺の名前は銀太郎(ぎんたろう)。

 28歳。5年間務めた会社を辞めて、今はバイト2つを掛け持ちしながら細々と一人暮らし中だ。


 10年前の事故で、両親と妹を同時に亡くした。


 あの日から、俺には帰る家も、帰りを待つ人もいない。

 ただ、なんとなく今日をやり過ごすだけの毎日だった。


 でも――

 この日を境に、俺の“なんとなくな人生”はぶっ壊れる。



 ---


 眼科の診察室の扉が開いた。


 現れたのは、俺の想像を軽く飛び越えてくる美人の女医だった。


 金に近い茶髪のロングストレート。

 キリッとした目元に、ふっと柔らかな笑み。

 白衣の下に派手なワンピースを着ていて、どう見ても“普通の医者”じゃない雰囲気を纏っていた。


「今日は、どうなさいましたか?」


(この人……ただの医者じゃない。完全に物語の重要キャラだろ……)


 そう思いながら、俺は視界の異常を説明し、検査を受けた。


 戻ってきた彼女は、俺の目をのぞき込んで言った。


「おそらく、目の疲れですね。特に異常は見つかりませんでした。心配いりませんよ」


「……そう、ですか」


(絶対、普通じゃないけどな)


「よろしければ、隣の部屋で少し休んでいかれますか? 一時間ほど横になるだけでも違いますから」


 彼女は、奥にあるベッドを指差した。


「……わかりました」


 納得はしてなかったけど、逆らえる空気でもなかった。俺はベッドに横になった。



 ---


 目を閉じ、深く息を吐く。


 ――その瞬間だった。


 ビリッ――と、全身を走る電流のような感覚。


(……なんだ、これ)


 体の奥で、何かが反応している。


 目を開けると、世界が――


「止まってる……?」


 いや、正確には“遅い”。

 時間そのものが、誰かにスロー再生されたかのように、ゆっくりと流れていた。


 看護師がゆっくり歩いている。

 カーテンの揺れも、映像の一コマみたいに、ほとんど止まりかけていた。


(……俺の“時間”だけが速い?)


 手を動かすと、体はスムーズに反応した。

 いつもより、ずっと軽く、鋭く。


「俺……速くなってる……?」


 視界の異常だけじゃなかった。

 身体そのものが、“変わってる”――!


(これって、まさか……)


 超能力。特殊能力。そんな言葉が脳裏をよぎる。


 そのときの俺は、少しだけワクワクして、

 ほんの少しだけ、不安だった。



 しかし――


 静止した世界の中で、何かが目を覚ました。


 俺はまだ知らなかった。

 これがただの“便利な力”なんかじゃなくて、

 俺の運命を、世界の裏側まで巻き込むとんでもない力だったってことを

 ・・・



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