第60話「明るいニュース」

 『アマテル』によって委託された【紅月の涙】。


「これってうちの一存じゃ売却相手を選べないんだよな」


 とため息をついたのは望月の上司だった。


「そうなんですよね。国が介入してきてますし」


 望月も胃痛を堪えながら同意する。


 『アマテル』の配信はいまや海外でも有名になっているし、当然諸外国も把握していた。


「売却先はアメリカ軍、【フロンティア】、【ルー・ガルー】でしたよね」


 と望月の後輩女子が言う。


「ああ、売り上げは全部で80億だったそうだ」


「手数料2割がうちの取り分ですよね、すごい」


 上司の言葉に後輩女子がはしゃぐが、望月はそんな気分になれない。

 

「これからどうなっていくんでしょうね」


 憂うつな気持ちで彼女は上司に問いをぶつける。


「すくなくとも明るい材料はある。青月鉱と紅月の涙が手に入ったおかげで、戦力50のダンジョンボスがついに倒された」


「それは朗報ですよね!」


 上司の言葉を聞いた職員たちがいっせいに歓声をあげた。

 これは日本のみならず、世界レベルで朗報である。


 強力なダンジョンボスは人類に倒せないのか、倒せない人類に未来は果たしてあるのか。


 そんな漠然とした不安がとうとう解消されたのだ。


「これでダンジョンボスが倒されていくなら、きっと未来は明るいですね!」


「そうね」


 望月は空気を読んで肯定したものの、本音は違う。

 

 『アマテル』とその従者の美女は、ダンジョンボスなんて比較にならない強者だった。


 つまり人類が把握できていないだけで、強さの上限はもっと高いのではないか?

 と彼女は懸念している。


 ちらりと様子をうかがえば、上司の表情もどこかつくりものめいて見えた。

 彼のほうも彼女に気づいたようで、そっと近づいてくる。


「これでめでたしめでたしとなればいいが、ただ単に人類は最初のステージをクリアできただけ、というパターンもありえる。望月は気づいているな?」


 上司は声を抑えて質問してきた。

 隠しても仕方ないので望月は小さくうなずく。


「アマテルとは連絡を取り合っているのか?」


「いいえ、まったく」


 望月は即座に否定する。

 売却に関する連絡をしただけだ。


「そうか」


 上司は残念そうに目を閉じる。

 彼の気持ちが望月には痛いほどよく理解できた。


 『アマテル』はおそらく彼らよりも多くの情報を持っているに違いない。


 国家権力を盾に情報提供を要求できるはずもないが、自発的にしゃべってもらえるならさしつかえはないだろう。


「ダンジョン管理局に興味はないのか」


「そもそも他人に興味がないのかもしれません」


 と望月は答える。

 『アマテル』がふだんどんな生活をしているのか、想像もつかない。


「あれだけの猛者なら、生活に困ってるとは思えません。ただの気まぐれなんでしょう」


 彼女は自分の予想を口に出す。

 まさか『アマテル』の正体が右も左もわからない学生だとは夢にも思わない。


「世界をふり回して楽しむ愉快犯の線が低いのは、せめても救いか」


 という上司の見解に彼女は同意する。

 『アマテル』がその気になれば世界を混乱させることくらい容易だろう。


「世界征服を狙える個人が現実に存在するとなると、シャレにならないですからね」


 と話す望月の表情はひきつっていた。

 

「まあ本気で信じてる人間なんて、ほとんどいないだろうさ」


 上司は楽観しているわけじゃないと彼女は気づいている。

 多くの人間は信じることを拒絶しているのだ。


 それでいて、『アマテル』からメリットを引き出すことには熱心ときてるから、彼女からすればやってられない。

 

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