埃使いの誇りと綻び

禿鷹吟

第1話 家出

 ここはティレファト王国のクラムボン家の密室。エリス・クラムボンと呼ばれる私は、掃除が苦手。特に掃く掃除が。特に招き猫という妹の形見の前を掃くのが。それは、今にも壊れてしまいそうなほど繊細なかわいい招き猫だったから。下手をすれば私の長い黒髪が靡いてもそれは壊れそうに見えたから。


「掃除やれよエリス、じゃねえとその招き猫ぶっ壊すぞ」


 ダークエルフのメイドのこの言葉と同時に私の大事な招き猫がどうなってしまうのかそれでも妹の作ったこの蜜蝋のような飴細工の招き猫は、揺れはするものの壊れなかった。


『お姉ちゃん。この招き猫はずっと大事にしてね』


 妹からの言葉だった。

 この前死んだ大切な妹の、エカテリーナの。黒い髪の毛と飴で作られた招き猫をいつまでも大事にしていたのだ。だからこの蜜蝋のような髪の飴細工の招き猫だけは取っておきたかった。あの真面目過ぎて風水を気にするメラルダというメイドに見つかる前にこの妹の形見を奪われないように......


「あんた、何故そんなゴミのような人形を大事にしているんだよ。とっとと捨ててきなさい」

「そんなこと言わないで、あたしここを出てく」


 飴細工の招き猫と共にこの子は家出した。

 彼女がいったいどこへ向かうのか。この飴細工自体、よく見ると上手いのだが、下手なヌガーにしか目の前の人間には見えていない。

 彼女は庭めがけて走っていった。


「お嬢ちゃん。ちょっとその飴を貸してごらん」


 二十歳くらいの庭師が優しそうな顔で言い寄ってきた。彼の名はスティーブン、かつて父ローズベルト・クラムボンとともに冒険者をした人間の一人だ。


「スティーブンさん。お願いこの飴細工、私の大事な妹エカテリーナの形見なの。あのメイドから守ってほしいの」

「うーん......そうだ。君、冒険者ギルドに登録にでも行ってみたら?この町の冒険者は 貴族がとても優遇されるからいいと思うよ」

「えっ、冒険者!!お母さまが許さないと思うのよ」

「いや、君は真面目だから。何かあったら僕が責任取るから。何なら一緒に行こうか?」

「お願い。行かせて」


 こうして、スティーブンと、私エリスは冒険者登録をしに行くことになった。

 そして馬車に乗り川を越えて冒険者ギルドにたどり着いた。冒険者ギルドとはここでは要するにここでは何でも屋だ。

 着いた途端に出迎えが来た。


「おー、エリスちゃんじゃないか。最近エカテリーナちゃんが死んで辛かったろう。冒険者ギルドに登録に来たのかい?」


 出迎えはギルド長マグラ・マグニフォがしてくれた。このギルド長、ドワーフと呼ばれる種族で背が低い。だがその体型からは考えられないような器用さと怪力の持ち主であった。


「で、スティーブン。この子を冒険者にするつもりかい?」

「ああ。いい相棒を選んでやってくれ。本人にも会わせるから」


話は進んでいく。私エリスは冒険者という者がいったい何者なのか分からなかった。


「ほれほれ、こいつらだったら誰が好みかな?」


 マグラ・マグニフォが返事を急かす。


「戦の灼熱と氷結地獄と雷電秘孔か。もうちょっと親しみやすそうなやつはいないのか?」

「待って、その人たちの中で見たことがある人がいる」


 エリスは戦の灼熱に目を向けた。その人は父と会話しているのをよく見たからだ。


「お嬢様、私の力が必要なら何なりとお申し付けください」

「待って、私、妹のエカテリーナから飴細工の招き猫を預かってるの燃やさないで」


優しそうだが、今はその炎が怖かった。


「おいおい、スティーブン、こりゃ酷いぜ俺じゃこんなもん一瞬で消せちまうじゃねえか。同年代位の蛇使いがいるからそいつにしてやってもいいんじゃねえか」

「それもそうだな。あいつならエリスちゃんの望みをかなえてやれる可能性が高いか」


 そこで冒険者の酒場に連れてこられた。


「わー、エリスちゃん久しぶりー」


 出迎えるのはピンク色の髪で緑目の同年代の少女マロン、旅芸人である彼女はとにかく不思議なものを口にして吐き出していく。


「一緒に冒険者やってくれない、マロン」

「え!!!一緒についてきてくれるの?じゃあ早速」

「ちょっと待てよマロン。招き猫を守るために呼び出されたのが俺なのさ」


 少女の近くにいる白蛇使い。通称くねくねと呼ばれるブロンズランク冒険者ことタルワールは蛇使いだった。ラドンと呼ばれる伝説級の白蛇を飼っている。生き物を殺すのが好きではないためブロンズランクから上がらないままの冒険者だった。


「お願い、この飴細工の招き猫を守って」


 エリスはタルワールに土下座した。酷く地面に頭を打ち大理石でできた床がかキーンと鳴る。長い茶髪を三つ編みにした彼はそんな彼女を撫でる。


「わかったわかった。その右手に持ってるのが招き猫な。チャクラを見ればわかる。そいつにはかなりの魔力がこもってることもな。それも精霊的な」


白い蛇と同調しながら三つ編みの髪の毛を優しく揺らしながら、共にその男タルワールは蛇を優しくなでながら言う。


「ねえタルワール、あの糞メイドむかつくと思わない?風水のためなら何でも捨てていくらしいわよ」

「ああ、ああいう風水師を気取った奴が俺は一番嫌いなんだ。俺がとりあえずその招き猫をいったん預かっていいか」


一端蛇が口を開けずにまるでかかしのように硬直する。


「いいけど、絶対に返してね」

「分かってるよ。ただ、その人形に何がこもっているか確認したいだけさ」


とっさに白蛇の口が開き飴細工を掴む。


「妹さんはどうやら君に埃使いになって欲しかったみたいだよ」


蛇と同調しながらエリスにタルワールは言った。


「えっ…私掃除が下手なはずなのに」

「いやいやいや、あそこって掃除しすぎても暗いし、逆に怖いから外から見たらお化け屋敷みたいだって」


 マロンは豪華すぎるエリスのクラムボン家の綺麗さを知っていた。だからこそ入ることが恐ろしかった。メイドが何人も監視についているし、何かあれば毒でやられると思っていたからだ。


「スティーブンさん。エリス連れてきてくれてありがとう。あの糞野郎に一矢報いてやりたいくらいだったから」

「風水は知識があるからいいってもんじゃないからな、なあ、クランド」


 白蛇はうねりながら自然とその招き猫を掴んだ。

 するととっさにそれが陶器に変わった。


「これは、ひょっとしたら黄金の国の物か。まあよくできたもんだ」


スティーブンは蛇の動きを観察しながら言った。


「エリスちゃん、君はたぶん強力な魔法使いになる。タルワールと共に冒険者になりなさい」

「分かった。マロンと一緒の冒険者パーティーなら安心できるよ。ありがとう。スティーブンさん」

「おう、困ったことがあればおじちゃんに頼りな。エリスちゃん」


こうして、エリスはタルワールやマロンと共に冒険者をすることになったのだった。


「ところでさ、エリスちゃん。この招き猫、冒険者用ロッカーにしまっておかないか?」

「そうしてくれると本当に助かるよ。ありがとうタルワール」


 この冒険者ギルド、冒険者の中でも貴族が良く集まるギルドで治安がかなりいいギルドだった。このようになったのは以前に古の勇者がここを訪れたことがありここで大規模な戦いになってしまったことが原因らしい。ギルドには鉛から日緋色金まで金属で表されるランクがつけられている。まずは鉛ランクからの始まりのはずだがエリスは貴族なのでシルバーランクから始まるのだった。


「じゃあなタルワール。ちゃんとエリスちゃんの面倒は見とけよ。マロンばかりじゃなくってよ」

「分かってるさ、それに知っているだろ。俺ら幼馴染で将来結婚することも誓い合ってる事くらいなことをさ」

「なら、なおさらだ。浮気してエリスちゃんに手出すなよ」

「当たり前だろ。そんなの罪になっちまうから絶対やらねえって」


 しゃべっている間に白蛇は動き招き猫を掴んでいる。


「ねえ、タルワール。別に私ハーレムしても私は困らないよ。特にエリスちゃんとなら」

「いや、そういう問題じゃなくてだな」


エリスは一呼吸おいて言う。


「これから冒険者やってくのなら私なんか足引っ張るだけかもしれないけどよろしく」


 エリスは男なれもしていないからか頬を赤く染めながらも言う。


「全然大丈夫さ。むしろ君みたいな貴族にこき使われる人たちを助けるためにも、俺達は冒険者をやってるのさ」

「じゃあ、俺は先失礼するぜ。頑張れよタルワール、エリス、マロン、あとクランドだったか。てかこんな大衆の前でよくイチャイチャできるよww」

「冷やかすなよ…まあしゃあないかもだけどよ、じゃあな鋼の盾のスティーブン」


 自然な会話で終わる中、エリスと他二人と一匹はロッカーに招き猫をしまう。そのロッカーは魔力認証と呼ばれるその者の魔力をもとに認証を進めるものでタルワールの色は瑠璃色だった。


「俺が、何かあったらこいつのことは責任を取るから。まず、魔法の練習をしようぜ」

「あー、埃魔法か、あれ使うの、イメージできてないと全然使えないんだよね確か」


 埃魔法とは文字通り埃を扱う魔法で埃を燃やしたり風を吹かしたりする強い部類の魔法だ。

 とはいえエリスには魔法という物自体が知らないものだったのでここが彼女の埃使いとしての初級の鍛錬となるのであった。


「エリス、魔法については知ってる?」


 マロンがエリスに問いかける。手前にカラフルな埃を盛って。


「魔法入門の教科書は呼んだことあるけど実践は全然させてもらえなかった。でも無意識に使ってた気がする」

「じゃあ簡単。ここにある埃の吹き溜まりを念じてどかしてみて。」

 それなら簡単だ。そんなことぐらいは思えばすぐになんとかなる。

「空力の波動、サイクロン」


 実戦用に書かれた魔導書に書かれていた文言を思い出しながら埃を移動させた。風がまるで竜巻のように舞う。そこには埃が集っていた。


「へえ、すごいな君、本当に実践なしだとは思えないできだよ」

「やっぱクラムボン家だけあるよ。エリスあんたには才能があるよ」

「っ」


 考えてみれば自分は埃が好きだった。あの潔癖過ぎる空間で育った自分は埃が光のように見えてキラキラしていた。妹の見せたかった風景が分かる気がする。妹のエカテリーナはお守り辞典を持っていた。だが、その本はメイドにすべて焼かれてしまった。

 メイドたちはとにかく物を屋敷に置きたがらなかった。そうすれば妹の記憶が永遠になるという確かかどうかも分からない迷信と共にと言う身勝手な言葉を口にしながら。

 私はとても悲しかった。あの本をなんで燃やしてしまうのと思った。そのころからだ。メイドが嫌いになったのは。

 その後、宿に泊まることになった。


「ブルックおじさん。宿三人分お願いします」


蛇使いタルワールは蛇と共にジェスチャーする。この蛇使い愛蛇のクランドと親和していた。


「タルワール。分かってると思うが一応言っておく。エリスちゃんに手は出すなよ」

「分かったよ。貴族の連中を敵に回すと厄介だからやるつもりはないって。つか俺ってそんな信用できないか?ブルック」


 ブルックと呼ばれた宿屋の太り気味の男はクランドの動く方向の部屋に行く。


「馬小屋を選ぶか。まあお前らしいが…」


クランドが選んだのは今はがら空きになっている宿の馬小屋だった。


「おいおいクランド、いくらなんだってこの子貴族のお嬢ちゃんだぞ」

「いいよ。ありがとうねクランドこういうところで一度寝てみたかったの」

「タルワール、一緒に寝よ、今日も一緒にねー」

「エリスまで連れてくるなよ。貴族に手を出したら俺の冒険者のランクが下がっちまう」


就寝時間だ。三人の冒険は今始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る