ナニモノがゆく道には

鹿嶋 雲丹

第1話 出会い

 それは、とある田舎の村での出来事だ。

 その村は小さかったけれど、土地が肥沃で天災も少なく、村人も領主も皆が平和で穏やかに暮らしていた。

 唯一つの不幸は、イケメンスマートな領主の妻が、なぜか皆嫁入り後すぐに病に斃れてしまう事だった。


 ここに、一人の娘がいる。

 つい先日十五を迎えた娘で、ぼーっと畑仕事に精を出すのが彼女の趣味だ。

 そんなある日、領主が彼女を嫁に欲しいと言い出した。

 娘の両親はばんばんざい。小躍りして喜んだ。

 だが、当の本人はどうしてもそれが納得がいかなかった。

「オッカシクねぇか、なんで美人でもねぇし気も利かねぇオラが嫁に選ばれるんだ? オラ、あの領主様ぜってぇ人間じゃねぇ気がするんだ。オラ、バケモンに食われて死ぬなんて嫌だ、ぜってぇ嫁になんて行かねぇかんな!」

 娘は頑として首を縦に振らなかった。

 すると、怒った領主は村人にこう言った。

「娘が嫁に来ないんなら、年貢を十倍にすっど!」

 と。

 いやいや、慌てるのは村人だ。

「なに言ってんだ、オラと年貢とどっちが大事だ!」

 娘は叫んだよ。だけど。

「そ、そんなのお前に決まっとる!」

 はい、2票。

「そんなの年貢に決まっとるべさ、さっさと嫁に行かんかい!」

 はい、30票。

 多数決で、娘は嫁に行かざるを得なくなってしまった。

「ちっくしょ、あいつらぁ……」

 その日の夜中、娘はぶつぶつ言いながら村の外れにある神社に行き、手を合わせて必死に祈った。

 死にたくない! 助けて! と……

 するといつの間にか、月明かりの中にきれいな服を着たきれいな娘が立っていた。

「あ、あんた、神様か⁉」

 祈っていた娘はガバッとひれ伏した。

「困ってんだ、助けてけれ!」

「うん、あんた声でけぇから、うるさくて来たんだわ。なんとかしてやっから、黙ってけぇれ」

「え? オラなんも言ってないけど」

「口に出して言う言葉じゃのうて、心の声がでかいんじゃ! ほれ、これをやるわい」

 きれいな娘は村の娘に一粒の豆を手渡した。

「なんだこの豆……見たことないのう」

「食うなよ。その豆はな、あやかしを✕✕に変えるもんなんじゃ」

「あぁ? ✕✕ってなんだ」

「それは使ってみんとわからん。じゃが、必ずやあんたを救う一手になっから」

「はぁ……まあ、何もないよりかはマシか……」

「まあ、そういうこった……あふ……わしゃ眠いからもう寝るでな、次に来る時ゃお天道さんが顔出してる時に来いや。じゃあな」

 きれいな娘は、渋い顔をした村の娘の前から姿を消した。

 それから数日後、娘は領主の家に嫁入りした。

「オラを食う前に、あんたに聞きたいことがあるんだ」

 初めての夜、布団を真横に正座し娘は問うた。

 その目の前には、巨大な大蛇がとぐろを巻き、黄色い2つの目がらんらんと輝いている。

 大蛇は、元イケメンでスマートな領主の正体だった。

「お前は、ワシが怖くないのか?」

「オラが怖いのは、死ぬ時の痛みだけだ」

「なんじゃそんなことか……安心せい、痛みや苦しみなぞほんの一瞬じゃ」

「アホか。その一瞬が嫌だと言うとるんだ」

 大蛇はしばし無言になった。

 今から食おうという娘からアホ呼ばわりされたのは初めての体験だったからだ。

 だいたい、ガタガタと震えるばかりか、気を失うかのどちらかなのに。

「ううむ、なかなか新鮮な体験じゃ……悪くない」

「あのさ、オラ一人食って腹がいっぱいになるんか?」

「なるわけなかろう。何人食っても、ワシの腹は満ちることがない」

「それは気の毒だのぅ。オラは握り飯3個食えば腹いっぱいになるのに」

「あのな、ワシが腹いっぱい人間を食ったらな、人間の数があっという間に減ってしまうじゃろ? 人を増やすことはワシにはできんのじゃから、ちびちび大事に喰らうのじゃ」

「オラにいい考えがある。人間じゃのうて、別の生きもんを食ったらいい」

「別の生きもんじゃと?」

「人に悪さをするあやかしとか、そういうやつを食えばいいさ。そうしたら、こっちも助かるだろ? あんた神様として崇められるようになるかもよ」

「いや、ワシは人間が食いたいのじゃ!」

 クワッと開いた大蛇の口に、娘は豆を一粒放りこんだ。

 あのきれいな娘からもらった、あやかしを✕✕に変えるという豆だ。

「✕✕ってなんだろ……」

 バタバタと暴れまわる大蛇にぶつからないよう部屋の隅にうずくまりながら、娘はじっとその変化を待った。

「おぇっ!」

 やがて大蛇はその口からなにか人のようなものを吐き出し、バタリと倒れたまま動かなくなった。

「何吐いたんだ、あいつ……前に食った嫁さんとかかな……」

 娘がじっと見守る中、大蛇が吐き出した人のようなものはゆっくりと立ち上がった。

 真っ黒で豊かな髪は、緩やかな波を描いて足元まである。

 スラリとした肢体は、明らかに女体のものであった。

 一糸もまとわぬその身を、大蛇から生まれたモノはジロジロと見回している。

 その瞳の色は髪と同じ黒だった。

「オラ達と一緒……てことは、やっぱり前の嫁さんか……えっと……なんか服あったっけな……」

 部屋の隅で固まっていた娘は、なにか着せるものを、と探し始める。

 その目の前に、大蛇から生まれたモノが立ちはだかった。

 少々小柄な娘より二十センチ以上背が高い。

 それを見上げながら、娘は固唾を飲んだ。

 まさか、この人に襲われるとかいう展開はないだろうな?

「おぎゃあ」

「は?」

「いや、生まれたてだから、おぎゃあと言ったのです、我が母上」

 体が女のものなら、声も女のものだった。

「いや、あんたはあそこでくたばってるデカい蛇から生まれたんだ。だから、あんたの母上はあの蛇だ」

「あの豆を与えたのは母上です。ですから、間違っていません」

 ひとまず安全そうなので娘はほっとため息を吐いた。

 いや、しかし。

「あんた、一体ナニモノ?」

 そう、そこが肝心だ。見た目だけが変わって、再び人を喰らうようでは困るのだ。

「えっとぉ……ナニモノ……なんでしょう……とりあえず、お腹は空きました……」

「そこだ、問題は……いったい何で食欲が満たされるのか……あっ!」

 娘が叫んだのは、開け放した障子から見える庭の大きな池にナニモノが突っ込んで行ったからだ。

「げっ、まさか鯉食ってんのか……あの鯉すっげぇきれいだったのに……もったいない……ナンマイダ……」

 娘が昼間見た時、その池には美しい錦鯉が5匹泳いでいた。

 娘が近づいていくと、満足げな表情かおをしたナニモノと、背びれを水面から出して泳ぐ4匹の鯉の姿があった。

「1匹犠牲になったか……」

「オエッ……気持ち悪……」

 ナニモノの口から、1匹の錦鯉が飛び出し、池にボチャンと落ちた。

「水、うまいです、母上!」

 ナニモノは、にっこりと笑った。

「あ、そう……」

 これはどうしたもんか……

 娘の一難は去り、あろうことか再びやってきてしまったのだった。

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