〖人狼〗がインストールされました④

 そうこうしているうちに、俺たちは目的のダンジョンへたどり着く。

 木々が不自然に集まり、門を形成していた。

 

「すげー。こんな入り口もあんのか!」

「珍しいタイプだけどね。この手のダンジョンは階層じゃなくて、エリアに分かれていることが多いんだよ。たぶん今回もそれじゃないかな」


 地下のダンジョンが縦向きの構造なら、森を含む地上のダンジョンは平面の構造が多い。

 ダンジョンの中と外は広さが異なる。

 現実の空間に、異なる広さの別空間が広がっている感じだ。

 俺たちは中に入る。

 そうして広がるのは、紫色の葉をつける不気味な森林だった。

 だが、注目すべきはそこじゃない。


「レオルスさん!」

「これは……」


 血痕だ。

 モンスターは倒されたら消滅し結晶になる。

 故に血は流れても残らない。

 何よりこれは……人間の血だ。

 視線を血の川の先へ。

 そこには……。


「うっ……」

「これは酷いな」


 エリカは口を押え、ライラは冷静に目を細める。

 英雄の記憶を見ている俺も、驚きはしたが冷静に見ていられた。

 幸か不幸か、記憶で見慣れてしまっていた。


 死体の山だ。


 十……二十人はいるか。

 ずたずたに斬り裂かれ、山積みにされている。

 流れる血は全てそこからだ。

 彼女たちには刺激が強すぎる光景、だけど見て見ぬフリもできない。

 対応に困る俺は、死体の山で微かな呼吸音を聞く。


「――! まだ生きてる人がいる」

「みたいだな」


 ライラも気づいたようだ。

 俺は慌てて死体の山に駆け寄り、呼吸音を辿る。

 幸いすぐに見つかった。

 死体の山にもたれ掛かっている男性だ。

 額から出血しているが、まだ息がある。


「大丈夫ですか? 何があったんです?」

「うぅ……盗賊が……」

「盗賊? 忠告にあった無許可の探索者か。何人です?」

「一人……獣……」


 一人?

 たった一人にこの人数がやられたのか?

 しかも獣って……。


「気をつけ……」

「――! くそっ」


 わかっていたことだ。

 額の出血は、頭が割れていたから流れている。

 どうみても致命傷、助かるはずもない。


「あまり気に病むな。お前さんの責任ではない」

「……わかってる」


 それでも腹が立つ。

 宝のためなら非道もいとわない。

 これが盗賊のやり方なのか?

 

「みんな……少し急ごう」

「レオルスさん……」

 

 エリカが心配そうに俺を見つめる。


「大丈夫、俺は冷静だよ。ただ……放ってはおけない」

「そうですね! 止めなきゃ」

「こんなことやっていいわけねーんだ!」

「と、止めましょう!」


 三人の意思を受け取り、ライラが俺の背中を押す。


「――行け、悪を許すな。それもまた、英雄の役割だ」

「ああ」


 今この瞬間、今宵の目的はダンジョン探索から、盗賊退治へと変更された。


  ◇◇◇


 月夜のダンジョン第二エリア。

 モンスターの死体とは別に、人間の死体が転がる。

 まだ一人、恐怖におびえる姿があった。


「や、やめてくれ……」

「ダーメ。顔を見られちゃったし、死んでもらうわ」

「い、いやだ……誰か!」

「情けない男ね。それでも冒険者なのかしら? うるさいからさっさと死んで――!」


 瞬間、盗賊の女は大きく飛ぼ避ける。

 すぐさま空中で体勢を整え、距離を取り着地した。


「――不意打ちなんて秘境じゃないかしら?」

「あんたがそれを言うんだな」


 俺の剣をギリギリで躱した。

 剣帝は発動済み。

 一瞬躊躇こそしたけど、並の身体能力じゃない。

 スキルか、それとも魔法による強化か……。


「あなたもこの人たちのお仲間?」

「いいや」

「そう? だったら、そっちの可愛い女の子たちはお仲間でいいのね?」


 少し遅れてライラたちも到着する。

 死体が折り重なる光景に、エリカたちは戦慄する。


「ひどい……」

「あの女が盗賊かよ」

「ぅ……」


 フィオレは吐きそうになっているな。

 死体を見慣れていないと、この光景は気持ちが悪いだろう。

 

「可愛らしい子たちね。殺しちゃうのが勿体ないわ」

「お前……自分が何をしているのかわかっているのか?」

「もちろんよ。お宝を手に入れるために必要なことをしているだけ。冒険者だって宝のためにモンスターを殺すでしょう? 同じことよ」

「……そうか」


 この思想が盗賊なのか。

 だったら、手加減はいらないよな?


「――あなた、かなり強そうね? なら私も本気を出そうかしら」

「――!」


 この感覚は――

 盗賊の女が唸り始める。

 直後、女の姿は変貌した。

 人間でありながら、狼の特徴を持つ異質な姿へと。


「お前、人狼の一族だったのか」

「正解よ。博識なのね」


 大昔に大罪を起こし、天から罰せられ半身が畜生へと落ちた哀れな一族。

 長い年月を経た現在でも、呪いはスキルとなって末裔に残り、夜に輝く満月が赤く染まる時、人狼としての力が開花する。

 生まれながらにして罪を背負った一族……それが……。


「人狼……」

「どうしたクロム?」

「身体が震えて、い、いますよ」

「わかんねー、けどなんか、嫌な感じがする」


 エリカたちのほうが少し騒がしい。

 気になるけど、今はこっちに集中しよう。

 人狼のスキルを発動すると、身体能力が大幅に強化され、人間では不可能な動きを体現する。

 まさに野生の獣の動きを。

 

「食い殺してあげる!」

 

 人狼化した盗賊が迫る。

 だが、その程度の速度に俺は動じない。

 軽々と回避し、重い拳を腹に一撃加える。


「なっ!」

「そんなんじゃ兎も狩れないぞ」


 英雄の力を使う今の俺に、獣の動き程度なら見切れぬはずもなかった。

 唾液をもらし、盗賊は地面に倒れ込む。


「殺すつもりはない。お前を組合に差し出す。罪を償うんだな……」

「くっ……誰が……」

(強いわね。このままじゃ勝てそうにないし、逃げ道は……! いいのがいるじゃない)


 ふいに盗賊は笑みを浮かべる。

 嫌な予感がする。


「妙な動きを――」

「ピンチだから助けてちょうだい! 同族ちゃん!」


 盗賊は懐から赤い球体を投げた。

 攻撃ではない。

 ただの赤くて、綺麗に光る……けれどどこか不気味な球体が転がり、クロムの前に落ちる。


「う、うう……」

「クロム」

「うああああああああああああああああああああああ」


 突如、クロムが吠えた。

 彼女の身体が赤く明滅し、次第に変化する。

 

「まさか……」

「そっちにもいたのね。私と同じ、罪人の血筋が!」

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