〖溺愛〗がインストールされました⑤
「はぁ……はぁ……」
「ここは暗くて危ないよ? エリカ」
「え? レオルさん!?」
路地に逃げ込んだエリカの前に、俺は顔を出す。
追いかけていた二人は振り切ってしまったようで、俺はスキルを使って後を追い、やっと追いついた。
二人のことはライラに任せてあるし大丈夫……だよな?
「あ、あの……私……」
「大丈夫、落ち着いて」
震える彼女の手を握る。
これ以上逃げられないように、少しでも安心できるように。
「俺はエリカの味方だよ。同じギルドの仲間だからね」
「レオルさん……」
励ますように言ったつもりが、エリカは泣きだしてしまった。
何か間違えただろうか。
慌ててエリカに尋ねる。
「ご、ごめん。嫌だったか?」
「違います……ありがとうございます。レオルさん……私……本当のこと、嘘ついて……」
「いいよ。誰にだって秘密はある。話したくないなら無理には聞かない」
「……いえ……話します。聞いて、ほしいです」
「わかった」
そうして俺は、彼女の事情を聞いた。
予想通り、彼女は貴族だった。
王都でも有数の魔法使いの名家に生まれた彼女だったが、残念ながら彼女に魔法使いとしての才能はなかった。
名家に生まれた落ちこぼれ……と、外の人間は憐れむ中、屋敷の人間は優しかったという。
「クロムとフィオレも屋敷の人間なのか?」
「はい。二人とも私の従者で……といっても年も同じで、お友達みたいに思っています」
「そうか。だからお嬢か」
「はい。二人とも優しくて、家出をする私についてきてくれたんです」
彼女は家出をした。
理由は、婚約の話が聞こえてきたからだ。
ブランド―家の血筋を守るためには、外部から優秀な魔法使いを迎え入れる必要がある。
そのために、見知らぬ誰かと結婚しなければならない。
「それが嫌で家出を?」
「はい。ずっと前から三人で、一緒に大冒険がしたいねって話をしていたんです。冒険者は自由で、家柄も関係なくて……私もいつか自由に外の世界で冒険がしてみたかった」
名家に生まれた者の宿命だろう。
貴族として地位、権威を守るためにあらゆる教育を受けさせられ、日々の生活に自由はない。
冒険者とは対極だ。
その分、お金と名誉はあるのだろうけど、彼女はそれが嫌だった。
「さっきの人が君のお父さんだね」
「はい。連れ戻しに……いつか来るとわかっていました。でも……」
「エリカ……」
「もう少し、夢を見ていたかった……」
彼女の瞳から大粒の涙がこぼれる。
「三人で暮らすのは大変でした……でも、楽しかった。自分たちの力でいろいろ考えて……生きてるって実感できた。でも、もう終わりですね」
彼女は涙を拭い、無理に笑顔を作る。
「これ以上は、レオルスさんにも迷惑をかけちゃうので」
「……逆だよ」
「え?」
「忘れたの? 俺がギルドメンバーを探していた理由。エリカたちのおかげで、俺も夢を追いかけられる。そのために、エリカたちの存在は不可欠だ。だから――」
俺は彼女の手を引く。
これもまた、ギルドマスターの仕事だろう。
「一緒に説得しにいこう。君のお父さんに、君の、君たちのやりたいことを認めてもらうために!」
「――は、はい!」
◇◇◇
「エリカ……どこに……!」
「お父様」
街中でエリカを探すお父さんを見つける。
向かい合う二人。
俺はエリカの隣に立つ。
「初めまして、エリカのお父さん」
「君は……」
「俺はレオルス。彼女が所属するギルド『
「それは……」
「私からもお願いします!」
エリカが頭を下げる。
それにお父さんは驚く。
「エリカ」
「私、結婚なんてしたくない。でもそれだけじゃなくて、ずっと夢だったの。外の世界で自由に冒険するのが……魔法使いの才能もなくて、お父様には迷惑ばかりかけてばかりでごめんなさい。でもこれが、私のやりたいことなの!」
言いたいことを全て口にしたように、一気に吐き出した。
彼女は涙を流し、地面が濡れる。
彼女の思いを、俺も後押ししてあげたい。
「エリカと、彼女たちの安全は俺が保証します。信じてもらえないかもしれませんが、この先何があっても、俺が命をかけて守ります。大切な仲間だから、それがマスターの責務です」
「レオルスさん……」
「だから、お願いします! 彼女の夢を、やりたいことを否定しないでください!」
俺も勢いよく頭を下げる。
これ以上ないほどまっすぐに、思いのたけをぶつけた。
後にも先にも、これが唯一かもしいれない。
誰かのために本気で願うのは。
「……はぁ、少しは私の話も聞いてくれないかな?」
「え?」
「お父様?」
「私は別に、冒険者になることを止めたいわけじゃないよ」
い、今……なんて?
俺たちは驚いて顔を上げる。
するとお父さんは呆れた顔で溜息をこぼす。
「縁談の話もとっくに断った。周囲には色々言われたがな。なぜうちに大切な娘を、家を守るための道具にしなければならんのだと突っぱねてやったぞ」
「え……どういうこと……?」
「私が探していたのは、親としてエリカが心配だったからだ。若い娘だけで家出など、何かあったらどうする? 心配しない親がどこにいる?」
「お父様……」
こ、これはまさか……大きな誤解があるんじゃないか。
貴族だから傲慢で、娘の気持ちなんて考えもしていないと思っていた。
けれど実際、この人はエリカのことが大切なんだ。
血筋や才能ではなく、一人の娘として。
「私にも立場はある。厳しく接する時もあった。だがな? 娘の夢を応援しない親は親ではない」
「お父様……」
「応援しよう。それがエリカ、君のやりたいことなら。レオルス君と言ったかな?」
「はい!」
「エリカのことを頼んだよ。必ず守ってくれるのだろう?」
「――はい。もちろんです」
これはなんというか……わかりやすい道化だな。
俺は心の中で笑う。
「それはそれとして、後で君とはゆっくり話がしたいな。娘の父として、君がエリカに相応しい男が見極めさせてもらおう」
「――うっ」
突然鋭くなった目つきに背筋が凍る。
この人、エリカのこと大好きすぎるんだな。
勘弁してくれ。
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【あとがき】
溺愛編はこれにて完結となります!
次回をお楽しみに!
できれば評価も頂けると嬉しいです!!
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