第47話 お昼休みのサーブ


 昼食を腹に収めて体育館に足を運んだ。倉庫からバレーボールを出して床に叩きつける。


 跳ね返り具合は十分。やる気がパンパンに詰まった球体を抱えて体育館の床を踏みしめる。


 両手をかざして額の辺りで三角形を作る。丸田と軽くトスを交わし、ボールで放物線を描く作業で体を温める。


 体の芯がぽかぽかしたのを機に距離を空けた。サーブ練習に移行してそっとボールを放り、右腕をしならせて掌底付近を叩きつける。

 

 成功のたびに一歩下がって、少しずつサーブの強さを上げていく。


 隣で燈香が右腕を振りかぶった。ボールが綺麗な山なり軌道で魚見の手に収まる。


「やっぱ上手いな」

「ありがと。敦って最近華耶と仲良いよね」

「最近会話する機会が増えたからな」

「ふーん。まあいいことだけど」

 

 俺は腕を伸ばして丸田からのサーブを両手ではさむ。燈香もボールを受け取って同じタイミングでサーブを返した。


「何か気になることでもあるのか?」

「急激に距離縮まったなぁと思って。何か特別なきっかけでもあったの?」

「特には。体育祭の短距離走で二位になったことくらいか」

「あーあれね。確かに女子の間で話のタネになったよ」

「一位じゃないのに?」

「ギャップって言うのかな? 敦って運動できるイメージがなかったから話題になったというか」

「話題になるって大事だもんな」


 商品の売買や恋愛だけじゃない。友人関係だって話題がないと始まらない。


 現に魚見が告げていた。俺が街で燈香を助けなかったら、魚見が俺に興味を持つことはなかった。短距離走の件でクラスメイトが話題にしたのはそういうことなのだろう。


「華耶ってね」

「ん?」

「華耶はフレンドリーだけど、気が置けない人には体を触らせないんだよ。逆もそうでさ、華耶がスキンシップを取るのは私くらいだと思ってた」


 そういえば魚見が誰かを抱きしめたり、俺以外の肩を叩くところは見たことがない。


 しかし何で今その話題を?


 考えて一つの推測が脳裏をよぎった。


「もしかして嫉妬してるのか? 魚見が俺の肩を叩いたから」


 あの時は燈香と丸田は昼食を取りに行っていた。ふと振り向いて、魚見が俺の肩を叩いた瞬間を目の当たりにしたとしてもおかしくない。


 端正な顔立ちがきょとんとした。


「嫉妬? 私が誰に」

「俺にだよ。魚見の親友は自分だけだと思ってたんだろ? そこに俺が入ってかっさらわれたと思ったわけだ。違うか?」


 燈香が不敵に笑んだ。


「ふうん、ずいぶん大きく出たね。私は燈香と一年以上親友やってるんだよ? 私と比べたら敦なんてアリんこだよ」

「いやいや何をおっしゃいますか。確かに期間の差はあるけど、同姓と異性の間にはそれはそれは大きな差があるのですよ?」

「何を言うかと思えば性別持ち出すの? あっさいなぁ。敦が知らなくて私が知ってることたっくさんあるんだけどなぁ」

「それは思い込みじゃないかなぁ。知ってるか? 魚見ってこの前のパーティで初めてお菓子作ったんだぞ?」

「だから何?」

「何だよ」


 目を細めて視線を交差させる。燈香も眼光を鋭くさせるものの、俺は視線をそらさず瞳を見据える。


 ブラウンの視線は中々逸れない。相変わらず強情のようだ。


「なーっ! そろそろサーブしていいかー?」


 声が張り上げられて左方を見る。


 丸田と魚見が苦々しく口角を上げていた。


「お昼休みもったいないから、痴話げんかなら教室に戻ってからしてくれるー?」


 俺は横目を振る。


 ブラウンの瞳と目が合った。気恥ずかしくなって顔を逸らす。


「行くぞ!」


 顔の前でボールを上げる。からかってくれた丸田へ向けて強めに手を叩きつけた。

 

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