第4話 地竜、激戦

4.


 僕は練り上げていた魔力を全身に巡らせ、全力で身体強化を行使する。


 崖から落ちる前までは、せいぜい一・五倍ほどの強化倍率だった。しかし、三か月鍛え上げた魔力操作は全身の筋肉に余すことなく、そして偏りを生むことなく魔力を送り込み、その強化倍率が五倍を超えた辺りから体が淡い燐光を発するようになった。


 ぎりぎりと音がなるほど強く剣を握り、僕はゆったりと動く地竜を睨む。


 ――今回は、厄介な虫を退治するときくらいには反応してもらえてるみたいだね。


 地竜から感じる敵意に、僕はどこか満足感のようなものを覚える。


 以前ここを通ろうとした際は、さすがにこの強大な竜に挑む気にはなれず、攻撃をよけて反対側まで走り抜けようとして、手慰みくらいの感覚で殴り飛ばされた。大して興味もないが邪魔なゴミがあるからなんとなく、くらいのつもりだったのだろう。


 それが今や明確に敵意を向けられるくらいには、僕の力は増しているらしい。


 僕は不敵に笑みを浮かべながら、すぐにでも動けるように体から余分な力を抜く。同時に、先制攻撃を与えようと魔法の準備を始めた。


 あれだけ巨大で岩のような鱗を持つ怪物だ。生半可な攻撃ではかゆみすら与えられない。では、ここで僕が選ぶべき魔法は何か。


 少し考えたのち、心に決めた魔法の陣を僕は一瞬で展開する。魔力で描かれたその幾何学模様の色は青。放つは水属性魔法――


「【白弦はくげん】」


 魔法の名前を唱えると同時、剣を持っていない左手の人差し指から一本の線が伸びた。


 まっすぐ進むそれの正体は、まるで弦のように細く放たれた水だ。強い圧力をかけて射出した水は、鋭い切れ味で離れた敵をも切断することができる。火も土も地竜の分厚い鱗には弾かれそうであるし、風よりも水の刃の方が質量がある分有効だという判断での選択だった。


 そして、僕は人差し指をくいっと引くことで、その延長線に伸びる【白弦】を地竜の首を両断する軌跡で動かした。しかし――


「ギャオオオオォォ!」


 【白弦】が当たった途端、地竜は咆哮を上げながら背中の翼をはためかせた。煽られた大気が暴風となって押し寄せる。


 吹き飛ばされそうになった僕は、たまらず魔法の行使を中断して地面を蹴った。強化された身体能力で地を跳ねるように暴風の圏外へと移動する。


 風の影響範囲から逃れた僕は、こちらを忌々しそうに睨む地竜の首を見た。そこには首を横断するようにぴっと一本線の形に鱗が割れ、わずかに赤い血が滲んでいるのみだ。


 ――ダメか。強力な切断力を持つ【白弦】でダメなら、まともな方法で斬るのは無理そうだな……。


 どうやって傷を与えるか考えながら、僕に向かって伸ばされる爪の生えた巨大な前足を視認する。かすり傷とはいえ傷をつけられ焦れたようだ。様子を見るのは終わりにして、本格的に僕を叩き潰すつもりらしい。


 しかし、いくら力が強く速度もあるとはいえ、そんな見え見えの攻撃に当たりはしない。


 僕は身軽に地を駆け地竜の腕を回避し、すれ違いざまに伸びきった腕を剣で斬りつけた。そして返ってくるのは、まるで固い金属の棒を打ったような衝撃。僕の剣は地竜の腕に削れたような痕を付けただけで、むしろ剣の方が刃こぼれしている。


 僕は地竜が続いて繰り出す連撃を避けて距離を取りつつ、手早く二つの魔法を発動する。どちらも単純な魔法で、一つは傷んだ剣を直すための金属の操作、もうひとつは足場を変形させるための土や岩石の操作だ。


 手に持った剣が鋭さを取り戻し、僕が立つ地面とその周囲数歩分がせりあがる。そして同時に、地竜がそこらの地面から生み出した岩の塊が僕に向かって射出された。僕は足場の地面をさらに操作して岩を避けると、背後から聞こえる轟音を無視してさらに地竜へと近づく。


 宙に持ちあがっている足場のおかげで、いまの僕は巨体を誇る地竜の体高とほぼ同じ高さだ。これなら目や口といった鱗に覆われていない部分に攻撃を届かせられる。距離を取って魔法を打っても弱点への攻撃は避けるか防ぐかされるだろうから、なんとか近距離で一撃叩き込むしかない。


 しかし、それなりの速さで地面を操作して近づく僕に地竜は余裕を持って反応し、カウンターで爪を振りかざしてくる。巨体ゆえのスピードで迫る腕が、僕が立っていた場所に勢いよく叩き付けられた。伸びる足場が粉砕される。


「グルルゥ……」


 地竜は舞い上がる岩の欠片や土煙を見て、満足そうに喉を鳴らした。鬱陶しい虫けらを叩き潰してやったと、そんなことを思っているのだろう。しかし――


「――【陽衣ひごろも】」


 呟くと同時、僕が持つ剣に炎が纏わりつく。凝縮されるように集まって、剣身が煌々と白光を放つ。そして、頭部に向かって僕は地竜の首を駆け上がる。


 足場が爪を受ける直前に地竜の体へと飛び移っていたのだ。地竜は分厚い岩のような鱗を纏っているので、僕が飛び乗ったくらいでは衝撃に気づかないと思ったが予想通りだった。


 後はこの剣を守りの薄い眼球へ突き立ててやるだけ。魔法の魔力反応で僕の位置に気づいてもすでに遅い。


 僕は目にもとまらぬ速さで地竜の頭まで辿り着き、手に持った燃え盛る剣を振りかぶると、狙い定めてその巨大な眼球へと振り下ろした。


「グギャオオォォオオオアアアァァアアアァ!」


 痛々しい悲鳴を上げ、地竜はぶんぶんと頭を振り回す。取りついた僕を払い落としたいのか、振り乱した腕が何度も僕の体をかすめる。しかし、僕は突き刺さった剣を固く握って、頭から落とされないよう縋りついた。


 そして、追撃を加える。


「――拡散」


 瞬間、眼球に突き刺さって激しく煙を上げていた剣が、地竜の頭部の内側に向かってエネルギーを炸裂させた。


「ギアアアァアアァァアァアアアァ!」


 僕はすぐに手を離し地竜から飛び降りる。そしてそれとほぼ同時に、地竜の目から赤々とした火柱が立ち昇った。頭の内側でも強烈な熱が暴れまわっているようで、目の周りの鱗のわずかな隙間からちろちろと炎が覗いている。


 いかに堅固な鱗で覆われていようと、柔らかな眼球、そして体内を攻撃されればたまらないだろう。


 僕は地面から地竜を見上げて、与えられたダメージを見極める。しかし。


 ――ここまでやっても、まだ……!



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