第314話稚鮎

稚鮎ちあゆの旬は4月〜5月。

だが、今の時期は禁漁期間なので、出回るのは養殖となる。


今夜は、稚鮎の煮付けをツマミに赤星を飲む。


生姜が効いて美味しかった。


丸ごと食べられる。

鮎のシーズンになれば、おなじみの塩焼き、鮎味噌、セゴシなど美味しい。


岐阜の料亭で、鮎の刺し身が出たが絶品であった。

僕はお腹一杯だからと、父親に刺し身を渡して、父親は美味しそうに刺し身を食べながら、焼酎を飲んだ。


あれから、15年。


父親は5年前に亡くなった。


死ぬ直前まで、料亭の話をしていた。

よくテレビで、料亭のシーンが流れると、一度はこういう店で食べたいと言っていたので、鹿児島から両親が出てきたら、料亭や高い店に連れて行った。


父親は、名古屋で初めてしゃぶしゃぶを食べ、浜焼きを体験した。

「次は関ヶ原を案内してくれ。父ちゃんはあの合戦の場所を一度は見てみたい!」

と、言っていたが連れて行く予定の半年前に亡くなった。


料理は時として、人の良い想い出になる。

それが、粗末でも贅沢でも記憶に残る。


若い頃は、僕は粗末な食事しかできなかった。

だから、今夜の稚鮎を美味しいと感じる。

そして、過去に贅沢をしていると今の食事に絶望を感じる。


だから、絶対的な幸福と絶対的な不幸は存在しない。


いかんいかん。料理エッセイでは無くなってしまう。


兎に角、若い頃、苦労して良かった。

だから、今があるのだ。

料理はその人の人生を物語る。

コンビニ弁当さえ食べられない時期があった。


それが、今は小料理屋で、旬の食材と酒を楽しめる身分になった。

3000円で満足出来る。

高い店にわざわざ行く必要はない。

自分の身の丈にあった、料理で楽しめれば幸せと言える。

今夜の稚鮎は、殊の外美味かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る