無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ

第1話

「カケル、やる気がないなら会社を辞めてくれ」


 社長からそう言われた瞬間に、俺大岩翔オオイワカケルは笑顔になっていた。

 俺の顔を見て社長は言葉を続ける。


「やはりそうか、お互いの為に辞めてもらった方がいいだろう、いや、解雇扱いにした方がカケルの為にはいいだろう。20才でまだ若いが、それでも金は必要だろう」


 50才ほどになる社長は目つきが鋭く、武士のような人間だ。

 問題は隣にいる部長だ。

 見た目は置物のタヌキのようで中年太りしている。

 部長は俺を見てにやにやと笑って言った。


「社長、こいつは無能ですがまずは意見を聞きましょう」


 部長は毎回無能の言葉を挟み込んでくる。

 あの笑顔と言い方を見て分かった。

 俺に自主的に辞めて欲しいんだろう。

 その方が会社が俺に払う費用が減る。

 そして俺が困ると思っている。


 部長の吉良葉 玲仁きらは れひと45才は一言で言うと『一貫性が無く下に厳しい人間』だ。


 自分ではあまり仕事をせず人に仕事を押し付け、部下が逆らわないように根回しと監視で多くの時間を使っている。

 立場が上の人間と自分には甘く、下には厳しい。

 俺が言われた通りに仕事をやっても結果が出ないと急に言う事が変わり怒り出す。

 何か言い返すと何倍にもなって返ってきて批判が始まる。

 この人に関わっても時間の無駄だと思わせるような人間だ。

 口癖は『お前がやれ!』『俺は知らない!』『だから言っただろう!』だ。


 部長は俺が世話になった前社長時代に1度降格され、平社員になった。

 でも前社長が亡くなり今の社長になってからまた部長に戻った。

 社長曰く『チャンスをやりたい』との事だった。


 その影響でどんどん人が辞めて会社の業務が増えている。


 俺は世話になった前社長の息子である今の社長を助けたいと思って会社に残った。

 でも、部長に何度も口やかましく言われていつの日かその熱意は冷め、義務感だけで仕事をするようになっていた。


 正直ほっとしている。

 もう、この会社にいなくていい。

 前社長はもういない。

 今の社長が辞めてくれと言った。

 社長を助ける必要はないんだ。


「自主退職します。アルバイト時代を含め5年近くマンパワー商事に務めさせていただき本当にありがとうございました」


 俺はぺこりと頭を下げた。


「むう、だが、解雇扱いの方がカケルに金を出してやれる」

「社長、こいつはスキルホルダーです。金の心配は不要でしょう」


 スキルホルダーとは、1000人に1人と言われるスキルを持った人間の事だ。

 スキルを覚えると、魔石を吸収して力を高める事が出来るようになる。

 そしてスキルホルダーはレアだ。

 スキルを使い金を稼ぐ方法がある。


 部長は俺がスキルホルダーである事も良く思っていない。

 自分より上の人間を基本良く思わないのだ。

 自分が頂点で、周りの人間は下であって欲しいと考えている。


「では、業務を終わらせた後に退職の手続きをします」

「残りの業務は必要ない、会社の情報を抜き取られたら厄介だ。それにお前は無能だ。今すぐにこの段ボールに荷物を詰めろ」


 部長が組み立て前の段ボールを俺に投げた。

 俺は感情を殺して事務的に接した。

 もう、ここにいなくていい、部長を相手にする必要はない。

 辞める事が決まり、心は思ったより落ち着いていた。 


「分かりました。すぐに荷物を詰めて出ていきます」


 俺は荷物を段ボールに入れてガムテープで蓋をした。

 皆に挨拶をしようとするが部長に邪魔されてすぐに会社の外に出された。

 残った社員が遠くから引きつった顔で俺を見ていたが部長がいる為誰も声をかけてはこない。


 会社の外に出るとまた肩の力が抜け楽になった。

 俺は段ボールを持って日の光を浴びながら街を歩く。


 人口4万にも満たないこの市は面積が広くバスや電車が発達していない。

 移動のメインは車だが渋滞はあまり起きない。

 歩いている人はまばらでゆっくりと、自分のペースで歩いた。



 アパートの玄関を開けると、玄関の前で待つペットに挨拶する。


「きゅう、ただいま」


 きゅう専用の座布団に白くもこっとした半球のフォルムをしたモフモフがつぶらな瞳で俺を見る。

 手足が極端に短く尻尾はうさぎのように丸い。


 昔、きゅうと戦った。

 起き上がり仲間になりたそうにこちらを見ていたのでそのまま家に連れ帰った。

 それから一緒に住んでいる。

 きゅうは賢くてお留守番をしっかりしてくれる。


「きゅう、痩せたか?それに元気もない」


 しゃがんできゅうを撫でるときゅうが目を細めた。

 きめ細かく、なめらかな毛が気持ちよく暖かい。


 俺はハッとした。

 急に痩せるわけがない。

 少しずつ痩せていたんだ。

 思い返すと前はもっと元気に動き回っていた。


 俺は、今まで余裕が無かったのか?

 今会社を辞めて、心の余裕が出来て初めて異変に気付いたのか!


 仕事で家を空けている間、いつもきゅうをさみしくさせた。

 きゅうはさみしがり屋だ。

 でも、人に頼る事も出来なかった。

 きゅうがいればいい。

 深く人と関わらる必要はない。

 人間関係は疲れる。

 でも、そのせいできゅうをさみしくさせたのか。


「きゅう、ごめんな。走りに行くか?」

「きゅう」


 きゅうが俺の手に乗り、それから頭の上に乗せて玄関を出る。

 きゅうは|大穴(ダンジョン)のお散歩が大好きなのだ。


 俺はアパートを出て走った。

 道路を出て車を追い抜いて走る。

 俺は速く走れるスキルを持っているのだ。


「きゅう!もっと速く走るぞ!」


 いつもと違い全力で走った。

 ストレスをかき消すように全力で走る。



 加速すると空気の壁が俺を邪魔する。

 これ以上速くは走れないのだ。

 

 きゅうと一緒に走ると、ストレスが和らぐ。

 きゅうの機嫌も良くなる。

 俺は昔から走っていた。

 

 


 街を走ると袋を担いだJKが道を通り抜けようとする。


「わあ!遅刻遅刻ううううう!」


 まずい!スピードを出し過ぎた、危ない!

 パンを咥えたJKとぶつかるようなラブコメのような事は起きない。

 ぶつかればJKが死ぬ。


 俺はスキルホルダーだ。

 今は車よりも速く走っている。

 絶対にぶつかるわけにはいかない!

 

 俺はジャンプしてJKを飛び越え着地した。


 ズザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 地面に着地して振り返りながら状況を確認した。

 俺が発生させた突風でJKのスカートがめくれ上がる。

 JKはスカートを押さえるが、そのせいで担いでいた大袋が勢いをつけて飛び、壁にぶつかった。

 袋が破け中から白い粉が舞う。


「ああああ!お母さんに届ける小麦粉が!」

「す、すいません!けがはありませんか!?」


 JKの斜め後ろには配信用の魔法陣が展開していた。

 配信中か!

 死角になっていて気づかなかった。

 

「本当にすいません。スピードを出し過ぎていました」

「大丈夫です、ああああ!きゅうチャンネルのきゅうだ!私いつも見てます!触らせてもらっていいですか?」


 JKが笑顔で近づいてきた。


「きゅうは人見知りをするので」


 JKがきゅうを触ろうとすると俺の後ろに隠れた。


「わあ、可愛い。あ、私すぐ近くのパン屋、ぱんにゃん店主の娘で猫野 莉子ネコノリコです。よろしくお願いします」


 JKが手を差し出した。

 手を出して握手をすると笑顔で見つめてきた。

 急に距離を詰められ、俺は戸惑った。


 会社を辞めたばかりで疲れた。

 しばらく人と関わる気分にはなれそうにない。




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 導入部までは連続投稿します。

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