惜別

古博かん

「明日行くね」

「明日行くね」ひさかたぶりの訪問を告げた電話がよもや最期と



こぬあさを見舞ひとぶらひたる祖母の倒れ伏したる厳冬の夜半よは



あかぬ戸のU字ロック越しに見た小さき足裏を忘れじものか



撫でながら「幾つになっても孫は孫」あの手のひらは固く冷たく



「ありがとう」をたくした折り鶴をひつぎにしのばせてこぼす「ごめんね」



しめやかに読み上げたまふしのびごと刀自とじのみことと祖母はなりにし



遺影には沖縄旅行の記念写真 そぼくな笑みになだはそうそう



春を待つ納骨まで通ひ詰める家仕舞ひがため あるじなきやを



落とし蓋したままコンロに乗っていた鍋いっぱいの筑前煮さむ



幾度目か数ふることもままならず蔵書と写真に手を止むること



せた仕掛け戸棚に隠れてた「妻を頼む」の祖父の遺言



仕分けども仕分けども仕分けどもなほ湧き出でやまぬ服のたきとな



とりあえず押し込めたらし開かずの間 たんすながもちどの子もいらぬ



幾ばくの買取査定の示す如何な思ひ入れもカネかガラクタ



コレがまあところ狭しとひしめいた家財をはらひ寥廓りょうかくとなす



見納めの窓の景色をしみじみと青い山脈に沈む夕陽よ



おやこれは入れた覚えはなきにしもカバンにいます冬の歳時記

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