異世界

 異世界に渡っていった彼のその後は、結局のところ彼の母親の思った通りの結末を迎えた。


 強力な彼のチート能力はほとんど発揮されぬまま、その能力を誰にも知られることなく彼はひっそりと死んでいった。ただ、なかなかうまくはいかなかったものの、自ら仕事を探しなんとか異世界で5年を生き抜いた。



 そして、彼の死後、母親のかけた異世界オプションが作動した。


 異世界で死ぬと元いた世界に戻るオプション…使用ポイント4





「………………………」 



 息子は、朝に目が覚めると台所に向かった。台所には母親が立っている。やかんは火にかけられ、食卓には味噌汁と目玉焼きが用意されていた。


「あら、竜馬。こんなに早く珍しいわね」


 昔見た母親の優しい笑顔がそこにあった。


「いろんな事があってさ、それで、おれ母さんに謝らなきゃと思って」


 その瞬間……一瞬だが母の肩が震えた様に見えた。


「ごめんね、かあさん」


 母親は何時までも笑っていた。





 ふと気がつくと、西日が台所に差していた。


「大丈夫よ、あなたならきっとわかってくれるって信じていたから。だから頑張ってね」


 最後に、そう母親が言っていたような気がした。



 目の前にはまだ母親が倒れている。佐藤竜馬はテーブルに残されたままの冷たくなった母親の最後の料理をゆっくりと味わいながら食べた。


「ごちそうさま。母さん」


 夕日の差し込む台所に彼の声だけが響いた。


 そして、食事を終えた息子は、意を決した様に立ち上がると、台所で母親が死んでいる事を警察に電話で知らせた。



 母親の最後の言葉を胸に、彼はいま始まったばかりの人生を歩み始める。おそらく彼はもう二度と異世界転生の夢を見る事はないだろう。人生に遅すぎると言う事は無い。異世界に限らずやり直しなどいつでも……。

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