異世界転生コーディネーター
鳥羽フシミ
息子
その日……朝起きると母親が台所で倒れていた。
やかんが火にかけられたままの台所には、いつものように二人分の朝食が用意されている。息子は突然の出来事に早まる鼓動を抑えつつも、取り敢えずやかんの火を消した。
しかし、その後……。
何をどうしていいのか分らない息子は、結果として奇異な行動を取ってしまう。
何と、彼の弱い心が、全てを無かったことにしてしまったのだ。
そして倒れている母親を横目に、彼は用意されていた味噌汁と目玉焼きにすら手を付けることなく、何も見ていなかったかのように食器棚に置いてあった菓子パンと牛乳を持って、そのまま自分の部屋へと戻ってしまったのである。
カーテンを締め切った真っ暗な部屋で心の動揺を否定しながらも、息子は耐えきれずにパソコンの電源を入れ検索サイトを開いた。
死体 処理 連絡
もちろんそこには警察や救急に連絡する方法が掲載されている。しかしながら彼にはどうしてもその方法を取ることが出来ない。息子は、もう十数年も自分の家から出たことのない、いわゆる引きこもりであった。そして彼は母親以外の人間と話すことがどうしても恐ろしくてならないのだ。
息子は検索を諦め、逃避するかのようにいつものようにゲームの電源を入れた。
いつしか時刻は昼になり、息子はトイレへと向かう。そして部屋に戻る途中に恐る恐るもう一度台所に視線を向けた。しかし当然母親の様子は何も変わりはしない。
息子は目を背けるように台所から離れ自分の部屋のドアを開ける。
そしてその瞬間。唐突に玄関のチャイムがなった。
ピンポン ピンポン ピンポン
チャイムは家の中に息子がいるのを知っているかのようになかなか鳴り止まない。そしてしばらくすると今度は誰かがドアを叩く音がなり始めた。
――母が倒れていることがバレてしまう……
息子は、怯える様にベットの布団にくるまりながら「早く帰れ、早く帰れ…」そう心の中でつぶやいた。
「すみませ〜ん、佐藤さん。佐藤竜馬さん!」
男が大きな声で息子の名前をくり返し呼んでいる。
「佐藤さん、佐藤竜馬さん……」
――駄目だ、そんなに大きな声を出しちゃ。早く諦めてくれ。息子は心の中で叫ぶ。
男の声はどのくらい続いたのだろうか、息子にはとても長い時間に感じられたが、実際にはそれ程の時間は経っていない。
急に男の声が止んだ。
息子が「帰ったか……」と安堵した次の瞬間。
「佐藤竜馬さん。いらっしゃるんでしょう。まことに恐縮ですが勝手に鍵を開けさせてもらいますよ」
驚くべき事に、男はそう言った。
玄関の鍵が開けられる音が聞こえて家の中に誰かが入ってくる。倒れていた母親の姿は見られただろうか……。玄関の横は台所だ。当然母親の姿を見られたに違いない。しかし不思議なことに足音は母親の前で立ち止まることなく息子の部屋に真っ直ぐ近付いて来る。
部屋のドアが開き、パチンと照明のスイッチを入れる音が聞こえた。
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