第24話 天ヶ崎舞羽とショッピングモール
舞羽の要求は日を追うごとに大胆になっていった。
「今日は水着を買いに行きます!」
ふんふんと鼻を鳴らして、舞羽は僕の手を引っ張った。今日は買い物へと行くらしい。しかも水着を買うのだと言う。
舞羽の下着類の趣味は読者諸氏も知っての通りだと思う。かなり大人っぽい
「一緒に旅行に行くのに、ゆう、水着持ってないんでしょ?」
いったいどこで聞いたのか、13日から数日間、両親が家を空ける事を知っていた。そして、狙いすましたようなタイミングで天ヶ崎家が旅行に行くのだという。
「や、もちろんお姉ちゃんが頼み込んで日程を変えたんだよ」
「蝶~~~~、言わないでよぉ」
僕らは3人で電車に揺られていた。一両編成のこぢんまりした電車である。朝の10時の電車を利用する人は意外と多く、そこかしこに小さな島ができていた。僕らもその小島の一つとなって、舞羽と蝶がシートに座り、僕は吊革に掴まっていた。
「だってお姉ちゃん、すっごい真剣だったからさ。これは言わなきゃって思って」
「い~~じ~~わ~~る~~!」
「だめだよ、電車の中ではお静かにっ」
「うぅ~~~、ゆう~~~」
恥ずかしさに濡れた瞳で舞羽が僕に助けを求めた。どんなに奇想天外な舞羽でも妹には勝てないようである。僕が「よしよし」と頭を撫でると、「にゃあ……」と鳴いて俯いてしまった。
☆☆☆
電車で30分バスで20分の道のりを経て、僕らは街の外れにある大型ショッピングモールへ来た。
夏休みフェアをやっているということもあってか、あたりは学生だらけである。カップルで来ている者もあれば仲良しグループで涼みにくる者、家族連れの姿も多くみられた。
「うわぁ、ここにいる人の数だけ人生と思考があるのか、気持ち悪い」
僕はげんなりして言った。人混みが苦手なのだ。僕が僕の思考を有し舞羽に舞羽の思考があるように、ここにうごめく人々すべてに意思と人生があるのだと思うと、なんだか宇宙の果てを考えるような途方も無さに目が回るのだった。
「ねぇねぇ、それって、私達もその一つになっちゃうのかな」
舞羽がふいに袖を引いて言った。
僕と似たような事を考えたのか、上目遣いに見上げる舞羽の目はどこか不安そうだった。
「分からない。でも、僕達はこうしてここにいて、手を繫げる」
「うん………」
「こうすると、少し安心するだろ?」
「……うんっ」
そうやって手を繋いで笑う僕達を、蝶はまずい物でも食ったような顔で見ていた。
「頭良い人たちってときどきバカみたいよね。なに当たり前の事を言っているんだか」
「バカみたいとはなんだ。僕は真剣にそう思うのだ」
「はいはい、好きなだけやってなさい」
僕がムッとして言い返すも蝶はまともに取り合わず、手をひらひらと振って背を向けてしまった。彼女は科学的妄想が趣味じゃないので、僕達の不安が理解できないらしい。
「私は友達と約束があるから帰るとき教えてね~」
「えっ、聞いてない」
「言ってないも~ん。じゃ、またね~~」
まさか二人きりになるとは思っていなかったらしい。驚く舞羽を軽くかわし、蝶はその名のごとく、ふらふらとどこかへ去って行った。
ところが、去り際にふと振り返って余計なことを言った。
「あ、お姉ちゃんが化粧してるの、ゆう君気づいてると思うよ~~」
と言い残して、本当にどこかへ行ってしまった。
「えぇ!? ちょ、ちょっと!?」
たしかに、今日の舞羽は一段と綺麗だった。舞羽が嵐のように僕を連れ出すのでついぞ伝える機会を見いだせずにいたが、彼女が家に突入したときから気づいていた。明らかに色気が違うのだ。普段の舞羽よりも垢ぬけた美しさだった。
「ゆう……ほんとう?」
舞羽が困ったように僕を見上げるので、僕も困ってしまって、
「かわいいよ」とだけ言った。
舞羽が頬を赤らめてどこかへ走り去ってしまい、姿を隠した彼女を探すのに小一時間要したことは、さておく。
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